自治立法立案の技法私論~自治体法制執務雑感Ver.2

例規審査事務経験のある地方公務員のブログ。https://twitter.com/hotiak1

経過規定(5)

 (3) 「経過措置の対象となっている本則の規定の書きぶりを意識すること」について

 原課における経過規定に関する案は、往々にして本則の書きぶりを無視したようなものが多かった。実務では、例規そのものではなくマニュアルに頼っているということはよく言われるが、その中で、例規の言葉とは別の用語を使うことも多く、そうしたことも影響しているのではないかと思う。しかし、本則の規定を意識するようにしていると、その規定をじっと見ていれば、経過規定の表現はおのずと浮かんでくるようになるものである。

 簡単な例を挙げてみる。条例で「○○手当」を5,000円支給していたが、それを令和3年4月1日から3,000円に改定するが、扶養親族がある者の手当の額は、1年間は4,000円にする経過措置を講ずる場合を考える。

 この改正により、本則の該当規定は次のようになる。

第×条 ○○手当の額は、3,000円とする。

 経過規定は、本則の規定を意識して書こうとすると、第×条の規定のうち手当の額を書き換えて、その経過措置の対象となる期間(令和3年4月1日から令和4年3月31日まで)と者(扶養親族がある者)を書いて、この経過規定が第×条の特則である旨を書けばいいことになる。そうすると、次のようになるであろう。

<例1>

 (令和3年4月1日から)令和4年3月31日までの間における扶養親族がある者の○○手当の額は、この条例による改正後の△△条例第×条の規定にかかわらず、4,000円とする。

 本則の書きぶりに即して書くと上記のとおりとなるが、もっと合理的な書き方ができないか考えてみると、例えば、よくある読替え適用の形で書けば、次のようになる。

<例2>

 (令和3年4月1日から)令和4年3月31日までの間における扶養親族がある者に対するこの条例による改正後の△△条例第×条の規定の適用については、同条中「3,000円」とあるのは、「4,000円」とする。

  これは、非常に単純な例なので、例2はそれほど合理的にはなっていないが、そのほかニュアンスの違い(例1だと一定期間に限り第×条の特例を定めた感じになるのではないか。事実、見出しも「経過措置」とせずに、「○○の特例」とする場合もある)などを考えて、書き方を決めていくことになる。

 そして、経過措置の必要な事項が経過措置の対象とする者やその期間等に応じて増え、複雑になる場合には、その事項ごとにどのような経過規定になるか考えていき、適宜まとめていけばよいのである。

 なお、以前複雑な経過規定を書かなければいけなかったときに参考にした例を掲げておく。

   雇用保険法等の一部を改正する法律(平成6年法律第57号)

   附 則

 (特例一時金の額に関する経過措置)

第9条 特例受給資格に係る離職の日が施行日前である特例受給資格者(以下「旧特例受給資格者」という。)に対する新雇用保険法第40条の規定の適用については、次の各号に定めるところによる。

 (1) 第40条第1項の規定の適用については、同項中「第15条第1項に規定する受給資格者」とあるのは「雇用保険法等の一部を改正する法律(平成6年法律第57号)附則第2条に規定する旧日額対象の旧受給資格者」と、「第16条から第18条まで」とあるのは「同条」とする。

 (2) 第40条第2項の規定は、適用しない。

 もちろん、項で書いていってもいいのだが、各号で書く利点は、複数の経過措置に共通な事項を何度も書かなくていいということである。

経過規定(4)

((2)「経過措置が必要な項目を具体的に拾い出すこと」についての続き)

  前回の例2について具体的にどのように書くかであるが、前回記載した1から7までに該当するケースが限定されるのであれば、当該ケースごとに具体的に書いていけばいいことになる。

 1から7までの全てのケースを網羅する経過規定とするには、助役又は収入役であった場合も従前と同様に表彰対象とし、かつ、その後市長とか副市長になった場合に助役又は収入役としての在職期間を通算することができるようにすることになる。

 一番簡単に書くとすると、次のようになるだろう。

<例3>

 (経過措置)

2 助役又は収入役として在職した者に対するこの規則による改正後の△△規則第3条及び別表の規定の適用については、同条中「副市長」とあるのは「副市長、助役、収入役」と、同表中‥‥(必要な読替え)‥‥とする。

  これに対し、地方自治法の改正が、助役に代えて副市長を置くこととし、収入役を廃止するものであることであるから、それにこだわって書こうとすると、助役は副市長とみなし、収入役も従来どおり表彰対象にするという感じになるであろうから、次のように書くことになるかと思う。

<例4>

 (経過措置)

2 助役として在職した者の当該在職期間は、この規則による改正後の△△規則(次項において「新規則」という。)第3条及び別表の規定の適用については、副市長としての在職期間とみなす。

3 収入役として在職した者に対する新規則第3条及び別表の規定の適用については、同条中「副市長」とあるのは「副市長、収入役」と、同表中‥‥(必要な読替え)‥‥とする。

  ただ、1のケースは、あくまでも助役に在職したことについて表彰するというのが素直であろうし、収入役に係る規定とのバランスからしても、例4はこだわり過ぎといった感じはする。

 なお余談だが、規則自体の書き方として、例1よりも例2の方がきちんと書いていて良いと思ったかもしれないが、きちんと書いたことにより後のフォローが大変で、必ずしも良いとはいえないことが分かると思う。もちろん、事案によっては詳細に定めなければいけないこともあるのだが、改正することも考えて(さらに他の人が担当することも考えて)、どの程度書くか考えなければいけないことを感じさせてくれる例でもあると思う。

 

経過規定(3)

((2)「経過措置が必要な項目を具体的に拾い出すこと」についての続き)

他の自治体の表彰規則は、次のような書きぶりになっていた。

<例2>

 (市政有功表彰)

第3条 市政有功表彰は、次の各号の一に該当する者に対し、その功労を表彰する。

  (1) 市長として8年以上在職した者

  (2) (略)

  (3) 助役、収入役及び教育長として12年以上在職した者

  (4) (略)

 (在職年数の計算)

第6条 (略)

2 第3条各号に掲げる公職のうち2以上の職歴を有する者に対する在職年数については、在職年月数換算表(別表)に掲げる率により、最後の資格による在職年数に換算して算定するものとする。*1

別表 (略)(市長が助役又は収入役として在職したことがある場合は、その在職期間の3分の2を通算することとしている。)

 例2の場合は、例1の第11号のようないわゆるバスケットクローズ規定がなく、表彰の対象とする者を全て書ききっているため、第3条第3号の「助役、収入役」を「副市長」に改め(当然、別表も所要の改正をする必要がある)、表彰の対象としたい者をすべて網羅するように経過規定を書く必要がある。

 では、この改正関係で経過措置として表彰の対象としたい者としてどのような者がいるかというと、次の者が考えられる(なお、いわゆる三役以外の職に在職した場合も表彰の対象になることがあるのだが、それは除外することにする)。

  1. 助役として12年以上在職した者
  2. かつて助役として在職した者が副市長となった場合(地方自治法の一部を改正する法律(平成18年法律第53号)の施行の際に助役であった者が附則第2条の規定により副市長として選任されたものとみなされた場合を含む。)で、助役としての在職期間と副市長としての在職期間を通算して12年以上となる者
  3. かつて助役として在職した者(その後副市長となった者を含む。)が、市長となり、助役(及び副市長)としての在職期間の3分の2に相当する期間と市長としての在職期間を通算して8年以上となる者
  4. 1~3で、収入役としての在職期間があるときに、その期間を通算して所定の期間以上となる者
  5. 収入役として12年以上在職した者
  6. かつて収入役として在職した者が副市長となり、収入役としての在職期間と副市長としての在職期間を通算して12年以上となる者
  7. かつて収入役として在職した者(その後副市長となった者を含む。)が、市長となり、収入役(及び副市長)としての在職期間の3分の2に相当する期間と市長としての在職期間を通算して8年以上となる者

 このように書き出してみると、この事例は、あまり複雑なケースではないことが分かる。だから、このように書き出してみなくても経過規定を書くことができるだろう(具体的な書き方は次回に記載する)。

 ただし、書き出してみた結果、実際には考慮する必要がないケースも出てくるだろうから(5に該当する者はすべて表彰済みである場合など)、具体的に考慮しなければいけない場合のみ意識して、それを最低限網羅できる経過規定を書くようにすることが重要になる。例えば、処分等に関する経過規定として、「この条例による改正前の○○条例の規定によってした処分、手続その他の行為であって、この条例による改正後の○○条例の規定に相当の規定があるものは、これらの規定によってした処分、手続その他の行為とみなす。」というざっくりとした規定を置くことがあり、これは、その対象となる事項が相当数あるからこのような書き方をするのだが、具体的にどのような事項が対象になっているかは、分かりにくい感じは否めない。その対象となる事項が少なければ少ないほど該当規定を引用するなどして丁寧に書くことができるので、当然分かりやすくなり、その方が適切であることは明らかであろう。

 また、経過規定というと「従前の例による」という文言を使うことを思い浮かべるが、このように書き出してみると、2や6のケースは「従前の例による」という文言ではうまく表現できないことが分かるので、具体的に書き出してみることは訳の分からない経過規定になってしまうようなミスを防ぐ上でも有効である。

*1:「最後の資格」と「換算」という言葉があまりよくないような感じがする。きちんと書こうとすると、以前に他の職にあった場合には、その在職年数も通算する旨とその通算する方法を規定することになると思う。そして、通算する方法の書き方は、かなり複雑になるが、これ以上は本題とは関係ないので省略する。

「もの」

 『自治実務セミナー2021.1』で北村喜宣教授が「空家等対策の推進に関する特別措置法」第2条第1項の規定に関し興味深い指摘をされている。同項の規定は、次のとおり「空家等」の定義を定める規定である。

 この法律において「空家等」とは、①建築又はこれに附属する工作物であって居住その他の使用がなされていないことが常態であるもの及び②その敷地(立木その他の土地に定着する物を含む。)をいう。ただし、国又は地方公共団体が所有し、又は管理するものを除く。

 北村教授は、一般的には上記ただし書に定める適用除外対象は、下線部①及び②の両方であると解されているとしつつ、次のように述べる。

 2条1項によれば、適用除外されるのは、「もの」である。その「もの」は、下線部①のみを指し、下線部②までは含んでいない。かりに、下線部②までを含む趣旨であるならば、「国又は地方公共団体が所有し、又は管理するもの及びその敷地(立木その他の土地に定着する物を含む。)を除く。」と規定すべきである。あるいは、(少々奇異であるが)下線部②の最後を「……を含む。)(以下「もの」という。)をいう。」と規定すべきである。

 つまり、ただし書では「もの」と表記しているので、それは直近にある下線部①の「もの」と同義だという考え方なのであろう。しかし、私は、上記の一般的見解でいいのではないかと感じている。

 法制執務研究会『新訂ワークブック法制執務(第2版)』(P802)には、「もの」が使用されるのは、次のような場合であるとされている。

  1. 「者」又は「物」には当たらない抽象的なものを指す場合、あるいは、これらのものと「物」とを含めて指す場合
  2. ある行為等の主体となるものとしての人格のない社団又は財団を指す場合、あるいは、これらと個人、法人とを含めて指す場合
  3. あるものに更に要件を重ねて限定する場合(いわゆる「…で…もの」の「もの」)

  下線部①における「もの」は3の意味で、ただし書における「もの」は1の意味で用いられており、そうすると必ずしもただし書の「もの」を下線部①の「もの」と同義と考える必要はないと思う。仮に、適用除外対象を下線部①のみとするのであれば、その箇所で「……常態であるもの(国又は地方公共団体が所有し、又は管理するものを除く。)」と書くのが簡便だろう。

 用語の定義において一定の事項を除こうとする場合には、ただし書で書くのではなく、上記規定であれば「……物を含む。)」に続けて括弧書きで「国又は地方公共団体が所有し、又は管理するもの」を除くことを考えるのが普通だと思う。しかし、それでは下線部①も適用除外対象となるのか疑義が生じるため*1、ただし書で書いたのではないかと思うが、そこで「もの」としてしまったため疑義が生じた事例である*2

 例えば次のように書けば、両方を適用除外対象とすることは明らかであり、上記のような疑義は生じないと思う。

 この法律において「空家等」とは、次に掲げるもの(国又は地方公共団体が所有し、又は管理するものを除く。)をいう。

(1) 建築物又はこれに附属する工作物であって居住その他の使用がなされていないことが常態であるもの

(2) 前号に掲げるものの敷地(立木その他の土地に定着する物を含む。) 

*1:ただし、「これらのもののうち、……を除く。」とでもすれば疑義が生じることはないとは思う。

*2:なお、下線部①のみ適用除外対象とするのであれば、その「もの」は「…で…もの」の「もの」であるため、ただし書は「もの」ではなく「建築物又はこれに附属する工作物」とすべきだろう。また、ただし書における「もの」は、「物」としてもよかったのかもしれない。

経過規定(2)

2 経過規定の書き方

 (1) 総括

 経過規定を書く場合には、次の事項に留意する必要がある。

  ア 経過措置が必要な項目を具体的に拾い出すこと。

 言うまでもないことだが、経過措置が必要かどうかは、項目ごとに検証していく必要がある。経過規定をどのように書いたらいいか分からなくなるのは、経過措置が必要な項目を具体的に意識していないからだろう。

 そして、経過規定は、新規制定の場合よりも、改正の場合の方が数倍難しいと思う。それは、改正の前後の規定を見比べて、具体的に経過措置を置く必要があるかどうかを判断しなければいけないからである。これは、新旧対照表を見ていくときに、経過措置の要否も併せて意識するなどして、地道に、逐一チェックしていくほかないのではないだろうか。そのような作業を重ねていくと、次第に改正内容を見た段階で、どんな経過措置が必要か思い浮かぶようになっていくものである。

   イ 経過措置の対象となっている本則の規定の書きぶりを意識すること。

 実際に経過規定を書く段階では、経過措置の対象となっている本則の規定の書きぶりを十分に意識することが大切である。本則の規定の書きぶりと経過規定の書きぶりが相違している例はよく見受けられるところである。

  (2) 「経過措置が必要な項目を具体的に拾い出すこと」について

 経過規定がうまく書けない最大の理由は、経過措置が必要な項目を具体的に拾い上げることをせずに、何となく書こうとするからではないかと思う。その項目を具体的に拾い上げれば、かっこよく書こうとせずに、それを項で並べて書いておくだけでも十分であろう。また、具体的に拾い出してみると、あえて経過規定を置くこともないと判断できるケースもある。

 具体的な事例として、表彰規則において、従来助役又は収入役に一定の期間在職した場合に表彰の対象としている場合に、地方自治法の改正により、助役に代えて副市長を置くこととし、収入役を廃止したことに伴いどのような経過規定が必要か考えてみる。

 ある自治体の表彰規則は、次のような書きぶりになっていた。

<例1>

 (表彰の種類及び基準)

第2条 個人又は団体で、次の各号のいずれかに該当する者について選考の上表彰する。

 (1)  (略)

 (2)  市長の職に8年以上在職し、又は助役若しくは収入役の職に10年以上在職し、その功績顕著なる者

 (3)~(10) (略)

 (11)その他市制の発展に尽力し、特に表彰することを適当と認めた者

  例1の規則では、助役と収入役とを合わせて10年やった場合も当然表彰対象にすると思うので、通常は、助役又は収入役の職にあった期間は副市長の職にあった期間とみなす経過規定を置くことを考えることになる。

 しかし、第2条各号に規定する職の複数に在職した場合の期間の通算の規定はないので、その場合は第11号該当とするのであろう。また、市長としての在職期間は8年に満たないが、助役を何年かやっていた場合も対象にするときがあるだろうから、それも第11号該当ということになる。

 そうすると、第2条の「助役若しくは収入役」を「副市長」に改めることに伴う経過規定を書いたところで、あまり意味はないことになり、経過規定を書かずに、第11号で対応すればよいと考えればよいことになるだろう*1

*1:具体的には内規等で定めるのであろう。

新旧対照表方式と改め文方式の併用~省令改正の事例から

 押印見直しを受けた省令の改正が昨年末の官報を賑わしたが、様式改正の場合は新旧対照表方式によると面倒な面があるため、一の省令の改正の中で条文の改正は新旧対照表方式を用い、様式の改正は改め文方式を用いる例が多い。このように新旧対照表方式と改め文方式を併用するのが一般的になっていると言えるが、なかにはその併用ができない方式もあるように感じる。

 以前(以下の参考記事参照)、省令における新旧対照法方式を次のように分類した。

 

1 改正部分の表記に二重傍線など従来は用いていない符号を用いて新旧対照表を作成する方式

2 改正部分の表記に従来のように傍線のみを用いて新旧対照表を作成する方式

 (1) 1に準じた改正文を用いる方式

 (2) 改正文を「〇〇施行規則の一部を次の表のように改正する。」とする方式

3 新旧対照表を別表として置く方式

 

 新旧対照表方式と改め文方式を併用する場合には新旧対照表に続けて改め文による改正を行うことになるが、冒頭に「〇〇施行規則の一部を次のように改正する。」という改正文を置くとその改正文が改め文方式で改正している部分にもかかっていると考えるのであろう。

 しかし、2(2)の方式だと事情が変わってくる。2(2)は、厚生労働省で用いられている方式であり、「押印を求める手続の見直し等のための厚生労働省関係省令の一部を改正する省令(令和2年厚生労働省令第208号)」では一の省令の改正の中で新旧対照表方式と改め文方式を併用している。その場合の改正文は、「〇〇施行規則の一部を次のように改正する。」とし、改行して「次の表のように改正する。」という改正文を置いて新旧対照表を置き、続けて改め文による改正規定を置いている。これは、「〇〇施行規則の一部を次のように改正する。」という改正文は、「次の表のように改正する。」で始まる新旧対照表方式による改正と改め文方式による改正の両方にかける意図なのであろう。

 ここで気になるのは、「……改正する」という文言が複数あることである。一部改正法令における「改正する」は、改正すべき法令の全体を指示して表現する場合に用いられることとされていることからすると(法制執務研究会「新訂ワークブック法制執務(第2版)」(P375)参照)、新旧対照表方式による改正にのみかかる「次の表のように改正する。」の改正文は適切でないことになる。

 もちろん、新旧対照表方式における独自ルールと割り切る考え方もあるが、そうしないのであれば、改正文を、「〇〇施行規則の一部を次のように改正する。」とのみ表記して「次の表のように改正する。」という改正文を置かないことにするか、「〇〇施行規則の一部を次の表及び改め文のように改正する。」とでもせざるを得ない。

 なお、3の方法は原子力規制庁で用いられているが、この方法は新旧対照表方式と改め文方式の併用にはそぐわないだろう。

(参考記事)

2019年5月24日付け記事「省令レベルにおける新旧対照表方式の整理(上)

2019年5月31日付け記事「省令レベルにおける新旧対照表方式の整理(中)

2019年6月8日付け記事「省令レベルにおける新旧対照表方式の整理(下)

経過規定(1)

 経過規定を書く技術は難しく、法制局においても経過規定がうまく書けるようになったら一人前だと言われている(吉田利宏『新法令解釈・作成の常識』(P242)参照)。だが、コツを掴めばうまく書けるようになるのではないかと感じている。

 そんな経過規定について、旧ブログで記載した記事を9回にわたってまとめておくこととする。

 <「自治体法制執務雑感」関連記事>

  • 2007年2月23日付け記事「経過規定について」
  • 2007年2月24日付け記事「経過規定の書き方(その1)」
  • 2007年2月25日付け記事「経過規定の書き方(その2)」
  • 2007年3月3日付け記事「施行日前に一定の行為をすることができる旨の経過規定」
  • 2007年3月11日付け記事「附属機関の設置の場合における経過規定」
  • 2007年3月23日付け記事「特別会計の廃止に伴う経過規定」
  • 2007年3月23日付け記事「指定区域に関する経過規定」
  • 2009年10月9日付け記事「試験の名称を変更した場合の経過規定」

1 経過規定の意義

 経過規定については、法制執務研究会『新訂ワークブック法制執務(第2版)』(P310)には次のように記載されている。

 法令の制定・改廃により、一挙に今までの法秩序が破壊され、新しい法秩序に移行することには困難を伴うことが多いし、社会生活に混乱を生ずることにもなりかねない。そこで、新たに法令を制定し、又は既存の法令を改廃する場合に、社会生活における従来の秩序が新しい秩序に円滑に移行するように配慮を加える必要が生ずる。例えば、従来の秩序をある程度容認するとか、新しい秩序の設定に暫定的な特例を設けるとかする経過的な措置を定めるのがそれであり、経過規定とは、このような措置をするための規定をいうのである。

 このように経過措置とは、新しい法秩序に円滑に移行するために定める暫定的・経過的な措置をいうのであるが、前掲書(P311)に掲げられている次のような例は、経過措置の代表的なものと考えることができるだろう。

  1. 従来自由であったある種の営業を一般的に禁止し、許可を受けた者でなければこれを営み得ない制度を設ける場合に、従来の営業者に対して、一定期間法令の適用を猶予する等の措置
  2. 社会保険の保険料率を引き上げるに当たって、一挙に引き上げることはしないで、数年がかりで漸次引き上げていく措置

 ただし、このような措置を講ずることは大切ではあるが、講じなかったとしても、法律関係が不明確になったりして困るということはないであろう。例えば、1の措置を講じなければ、既存業者も直ちに許可を受けなければいけないだけであるし、2の措置を講じなければ、保険料率が一挙に引き上がるだけの話である。それに、こうした経過措置をどのようにするかは、原課でも当然関心があることであるから、それなりに検討して原案でも書いてくるので、それを修文すればいいだけのことである。

 しかし、制度の内容等の変更をしたときに、言わば技術的に経過措置を置かなければいけない場合がある。例えば、林修三『例解立法技術』(P473~)には、経過措置の要否を判断する基準として、次のように記載されている。

 許可制等の改正の態様としては、内容面からみて、許可等をする行政主体に変更がある場合、許可等の要件その他その内容に実質的変更がある場合、こういう実質的な変更ではなく単に法文の編成、整理の技術上許可等に関する規定に形式的な変更が行われる場合等があり、形式面からみて、旧法令の廃止、新法令の制定という形式をとる場合、全部改正の形式による場合、一部改正の形式による場合などに区分できる。この改正の内容上の区分と法文上の表現のいかんにより、成文法令として経過措置を要するかどうかが判断されるのである。すなわち、許可等を行う行政主体に変更があった場合には、例外なく経過規定が必要である(規定がなければ、新たに新しい主務の行政機関の許可等を別に受けることを要する。)。改正の形式が法令の廃止、制定の形式をとる場合も同様である(内容上実質的な変更がほとんどない場合にも、経過規定を設けるのが例となっている。)。行政主体に変更がなく、改正の形式としては一部改正の形式をとっている場合には、一概に断定することはできない。例えば、本則の実体規定が、具体的な条項を引用しないで、「何々をするには、何々(行政機関)の許可を受けなければならない」とか、「何々(行政機関)の許可を受けた者でなければ、何々をしてはならない」というような表現になっている場合には、許可等の要件等に実質的な変更があったときも、従前の処分の効力を引き継ぐための経過規定は、必要でない場合が多いと思われる(要件が新たに追加されたような場合に、従前の許可を受けている者でこの要件を満たしていないものがあるときは、逆に、従前の許可の効力を制限するための措置が必要な場合も考えられる。)。これに反し、「第何条の許可を受けた者でなければ、何々をしてはならない」と表現されているようなときは、単に法文整理上その条名に変更があった場合にも、経過規定を置いて、疑問の起こる余地のないようにすべきであろう。

 また、経過措置の中には、それを定めないと、実務を行う上で、困ってしまうものもある。例えば、施行日前に一定の行為ができるようにしておかないと、現実的に事務が進まないという場合があるであろう(実際には、経過規定を置かなかった場合でも何となく運用でごまかしてしまうことも多いだろう)。

 こうした経過措置は、地味なせいか原案には記載されていないことが多いが、このような地味な規定を、漏らすことなく規定していくのが重要になってくると思う。