自治立法立案の技法私論~自治体法制執務雑感Ver.2

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人権尊重のまちづくり条例案(下)

4 おわりに

 世間の風潮として、新しいこと、変わったことをするとそれだけで賞賛するようなところがある。例えば、「津久井やまゆり園事件」をヘイトクライムと明記しなかったことについては、そのように書こうが書くまいが条例でやろうとすることに何ら変わりはないのに、それだけで後退したと言われる。

 また、人権委員会に事務局を置くこととしないことについて、前回触れた弁護士ドットコムニュース2023年12月22日配信記事「津久井やまゆり園事件が起きた相模原市、骨抜き「人権条例案」に批判の声」には、ある学者の意見として次のように記載されている。

 地方自治法上、人権委員会は行政の付属機関にあたるので独立性を全面に出すことはできないのは事実です。しかし、委員会は調査や調整を踏まえた意見を提出することができるという条項を条例に盛り込み、市民が人権を侵害され差別される事案が起きる、もしくは起きるかもしれない可能性が濃厚な場合には、市長の諮問がなくても市長に提言できることとするなどの工夫は可能です。また付属機関であったとしても、独自の事務局を置いている川崎市の人権オンブズパーソンのように、独立性を保って活動することはできます

 上記の意見では、川崎市の人権オンブズパーソンのように独自の事務局を置くことができるとはっきり言っているわけではないが、それを肯定しているのだろう*1。しかし、人権オンブズパーソンには、それ単独の事務局を置いているわけではなく、市民オンブズマンの事務局が兼ねている*2。市民オンブズマンは、市政を監視する職責を負っているので*3、執行機関との独立性にこだわり、独自の事務局を置くことは理解できるところ、人権オンブズパーソンについては、市民オンブズマンの事務局があるから、それぞれの業務の親和性を考慮して、そこで事務を扱わせることとしたと思われ、仮に市民オンブズマン制度がなかったのであれば独自の事務局を置いたかどうかは分からない。さらに、そもそも答申の内容を見る限り、人権委員会は首長の諮問機関としての性格が強い感じがするので、独立性を強調する意味がどれほどあるのか疑問である。

 また、審議会の委員等の意見を聞いていると、特定の用語を用いることにこだわり、文脈などはどうでもいいと考える人が一定数いる。そして、これも条例の内容には何ら関係がないのに、その用語を変えただけで後退したと言われてしまう。

 いずれにしろ、答申には執行部としてどうしても了解できないと考えられる事項はあるものの、条例案骨子は、全体的には、答申を無視したとはとても言えない内容のように感じる。

 では、なぜこうした状況になってしまうのか。自身の体験を踏まえて感じることは、結局のところ、原課が審議会の委員等とうまくコミュニケーションがとれていなかったということに尽きるような気がする。人権委員会に事務局を置くことは違法ではないかといったことについては、特に学者などは、きちんと説明をすれば理解してもらえる類の話である。逆に、用語に対するこだわりであれば、まずはそれを使うよう努力することが大切だろう。

 そして、こうしたやり取りは、審議会が答申を出す前に行うべきである。意見を言った者からすると、条例案を作成する段階で採り入れられなければ、面白くはないだろう。また、これは原課の役割ではあるが、法規担当としても、早めに関与した方が、後々の審査をスムーズに行うことができることにつながる。

*1:人権オンブズパーソンのようなものに事務局を置くことは違法でないとする理屈は、それはあくまでも個人であって、組織ではないと言うのだろうか。

*2:川崎市人権オンブズパーソン条例第25条第1項

*3:川崎市市民オンブズマン条例第1条参照