自治立法立案の技法私論~自治体法制執務雑感Ver.2

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教育委員会の事務の首長への移管

「まる三重リポート」三重県の文化振興条例案 法令への認識の甘さ露呈

 条文が法に抵触する可能性が浮上している県の文化振興条例案。23日の三重県議会環境生活農林水産常任委員会山崎博委員長、8人)は「法律上の整理が不透明」として、条例案を事実上の「継続審査」と決した。対応を求められた県当局は法解釈などに関する文科省の見解を待っている段階で、今のところ具体的な対案は示さず。6月定例月会議中の条例成立は厳しい情勢となった。原因は、県が条例案の提出前に問題を想定できなかったことに他ならない。条例成立前から県立看護大の授業料を引き上げていた昨年の問題に続き、法令に対する認識の甘さが露呈した格好だ。

 文化振興条例案が抵触する可能性が浮上しているのは、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(地教行法)。同法では、教育や文化に関する職務権限は教育委員会にあると定めている。

 他方、同法は文化の職務権限を知事に移管できるとの特例を設けている。移管する場合は、いわゆる「特例条例」の制定が必須。職務権限の移管に当たり、議会から教委への意見聴取も義務付けている。

 県が提出した文化振興条例案は「県が文化の振興などに関する施策を総合的かつ計画的に実施する責務を有する」と、文化に関する職務権限が県(知事)にあると明確に定めたが、特例条例の提出はない。

 その整合性に疑問を感じた記者が条例案提出後に取材を申し入れると、文化振興課の担当者は「何のことだ」と、ぽかんとした表情だった。条例案の提出に当たって法との整合性は考慮しなかったようだ。

 その後、担当者は平成7年の部制条例改正を根拠に「法的な問題はない」と返答。生活文化部(当時)が文化関連の事務を担うとの記述を加えたことから「既に職務権限は県に移管されている」との考えだった。

 一方、当時の部制条例によって県に職務権限を移管できた根拠を問えば、担当者は「旧自治省との協議制があった」と答えつつ、実際に協議したのかと問えば「分からない」とだけ。根拠の薄さは明白だった。

 それから数日後、本庁と議会棟を何度も行き来する環境生活部の担当者らを目撃。不審に思って調べてみると、県議会事務局の職員も同じ観点で疑いを持ち、県当局に聞き取りを進めていたことが分かった。

 (中略)

 県が職員らに呼びかける「コンプライアンス」は、日本語で「法令順守」。その名の通り、犯罪などの不祥事を起こさなければ良いだけではない。行政に携わる者が「法令を知らなかった」では済まされない。

2023年6月26日 伊勢新聞配信

 「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」(以下「地教行法」という。)の関係規定は、次のとおりである。

 (職務権限の特例)

第23条 前2条の規定にかかわらず、地方公共団体は、前条各号に掲げるもののほか、条例の定めるところにより、当該地方公共団体の長が、次の各号に掲げる教育に関する事務のいずれか又は全てを管理し、及び執行することとすることができる。

 (1) 図書館、博物館、公民館その他の社会教育に関する教育機関のうち当該条例で定めるもの(以下「特定社会教育機関」という。)の設置、管理及び廃止に関すること(第21条第7号から第9号まで及び第12号に掲げる事務のうち、特定社会教育機関のみに係るものを含む。)。

 (2) スポーツに関すること(学校における体育に関することを除く。)。

 (3) 文化に関すること(次号に掲げるものを除く。)。

 (4) 文化財の保護に関すること。

2 地方公共団体の議会は、前項の条例の制定又は改廃の議決をする前に、当該地方公共団体教育委員会の意見を聴かなければならない。

 2022年5月7日付け記事「執行機関(10)」でも記載したが、地教行法第23条第1項の規定に基づく条例は、当該事務を首長の事務とする旨を定める条例(以下「A条例」という。)とし、併せて地方自治法158条第1項後段の規定による条例(以下「B条例」という。)において当該事務を特定の部署に分掌させることとするのが通常の考え方になると思われる。したがって、上記の記事は、間違ってはいないのだが、では、「A条例」は定めずに、「B条例」の改正だけでは違法になるかといえば、地教行法第23条第2項の手続*1は当然必要にはなってくるが、それだけで違法とはいえないだろう。

 なお、県の担当者は、平成7年の部制条例改正を根拠に「法的な問題はない」と返答しているようだが、おそらく、事務の委任又は補助執行の制度(地方自治法第180条の7)によったのであろう。そして、担当者が言っている旧自治省との協議制であるが、当時は、次のとおり、都道府県の局部の数は法定されており(旧地方自治法第158条第1項)、その数を超えて局部を置こうとするときは、自治大臣に協議することとされていたので(旧地方自治法第158条第3項)、それを指しているのではないかと思われる。

   旧地方自治法

第158条 都道府県知事の権限に属する事務を分掌させるため、条例で、都に11局、道及び人口400万以上の府県に9部、人口250万以上400万未満の府県に8部、人口100万以上250万未満の府県に7部、人口100万未満の府県に6部を置くものとする。

② 都道府県知事は、必要があると認めるときは、前項の規定にかかわらず、条例で、局部の数を増減することができる。……

③ 都道府県知事は、前項の規定により第1項の規定による局部の数を超えて局部(室その他これに準ずる組織を含む。以下本条中同じ。)を置こうとするときは、予め自治大臣に協議しなければならない。

④~⑦ (略)

 ところで、首長の組織は、首長の権限に属する事務を分掌させるために設けるものとされている(地方自治法第158条第1項参照)。そして、委員会等の事務の委任又は補助執行は、首長に対して行うことはできないため、法律をぎちぎち読んでいくと、委任又は補助執行に係る事務を処理するために組織を設けることはできないことになり、そうすると、上記記事の平成7年の部制条例改正がどうだったのかということも一応問題になり得るが、そこは問題視するほどのことではないのではないだろうか。

 このように、自治体の組織は、法律どおりきっちりやろうとしてもうまくいかないところが出てきてしまう。これは、我が国の組織法制は、作用法的行政機関概念と事務配分的行政機関概念とが混在しており、必ずしも十分に整理されていないことによるものと思われる。したがって、条例における規定はこうしなければいけないと画一的に考えるべきではないだろう。

 そうすると、上記の問題は、マスコミが繰り返し取り上げるほどの問題とは思えない。もちろん、上記の県の対応に問題が全くなかったと言えるかといえば、そうは言えない感じもするのであるが、ただ、こうしたことが問題視されるのは、得てして首長と議会の関係がうまくいっていないときである。当該自治体では、どうなのだろうか。

*1:併せて地教行法第29条の規定により首長が教育委員会の意見を聴く手続も必要とされている(木田宏『逐条解説地方教育行政の組織及び運営に関する法律(第四次新訂)』(P253)。