自治立法立案の技法私論~自治体法制執務雑感Ver.2

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人権尊重のまちづくり条例案(上)

 相模原市において制定が検討されている「人権尊重のまちづくり条例案」(以下このシリーズで「条例案」又は「条例」という。)について、その骨子が、市人権施策審議会の答申から大きく後退したとして批判されている。その主な内容は報道等によると、①「津久井やまゆり園事件」をヘイトクライムと明記しなかったこと、②罰則を削除したこと、③「人権委員会」の権限等を後退させたことの3点になると思われる。

 そこで、審議会の答申(以下このシリーズで単に「答申」という。)の内容から上記の点について感じることを記してみたい。

 

1 「津久井やまゆり園事件」をヘイトクライムと明記しなかったことについて

 答申では、条例の前文に次のように記載することを求めている。

 平成28年(2016年)に神奈川県立津久井やまゆり園で多くの尊い命が奪われるという、大変痛ましい許しがたい事件が起き、この事件は、障害者に対する不当な差別的思考に基づくヘイトクライムであり、決して容認することはできないものであり、この事件が起きた本市としては、改めてあらゆる人の生命と尊厳が守られ、安全で安心して暮らせる共生社会の実現に向けた取組が求められること。

 ヘイトクライムとは、『ウィキペディアWikipedia)』では、「人種、民族、宗教、などに係る、特定の属性を持つ個人や集団に対する偏見や憎悪が元で引き起こされる、嫌がらせ、脅迫、暴行等の犯罪行為を指す」とされている。

 条例案は、何人も不当な差別的取扱いを禁止するものであり、ヘイトクライムに特化したものではない。したがって、前文で津久井やまゆり園事件がヘイトクライムであったことを明記したとしても、それだけでは条例案の本則に何か意味があるというものではなく、逆に津久井やまゆり園事件がヘイトクライムであったとすることは必ずしも確定した見解ではないようであることからしても、それを明記しなかったことは、いたって普通の対応であるように感じる。

 しかし、例えば人権に関する専門家であれば、津久井やまゆり園事件がヘイトクライムであったことは譲れないと考えることも理解できるところであり、そうした見解の相違はありがちであり、悩ましいところである。

 

2 罰則を削除したことについて

 答申では、不当な差別的言動を禁止し、人種、民族、国籍、障害、性的指向性自認、出身を理由とする不当な差別的言動について公表するとともに、そのうち、著しい差別的言動及び悪質な犯罪扇動については、秩序罰又は行政刑罰を科すこととしている。

 答申の別図を見ると、罰則を科すに当たって、勧告及び命令を前置しているようなので、罰則を科すことは有りのような感じもするが、特に法規担当からすると躊躇するところではあるだろう。