2 住民投票の対象事項について
住民投票の対象とする事項は、条例案の第4条に規定されているが、この規定は、武蔵野市自治基本条例(以下「自治基本条例」という。)第19条を受けた規定である。そこでまず、これらの規定を次に掲げておく。
第19条 市長は、地方自治法第7条第1項の規定による廃置分合又は境界変更の申請を行おうとするときは、住民投票を実施しなければならない*1。
2 前項に定めるもののほか、市長は、市政に関する重要事項(別に条例で定めるものを除く。)について、武蔵野市に住所を有する18歳以上の者のうち、別に条例で定めるものの一定数以上から請求があったときは、住民投票を実施しなければならない。
3 市は、別に条例で定めるところにより成立した住民投票の結果を尊重するものとする。
4 市長は、住民投票の成立又は不成立にかかわらず、その結果を公表するものとする。
5 前各項に定めるもののほか、住民投票について必要な事項は、別に条例で定める。
(自治基本条例第19条第2項に規定する市政に関する重要事項)
第4条 自治基本条例第19条第2項に規定する市政に関する重要事項(以下「市政に関する重要事項」という。)は、武蔵野市及び市民全体に影響を及ぼす事項で、住民に直接その意思を確認する必要があると認められるものとする。
2 前項の規定にかかわらず、次に掲げる事項は、市政に関する重要事項としない。
(1) 武蔵野市の権限に属さない事項。ただし、住民全体の意思として明確に表明しようとする場合は、この限りでない。
(2) 法令の規定に基づく住民投票その他直接請求を行うことができる事項(地方自治法(昭和22年法律第67号)第74条第3項の規定により議会に付議した条例の制定又は改廃の請求であって、議会がこれを否決した場合における当該請求に関する事項を除く。)
(3) 武蔵野市の組織、人事及び財務に関する事項
(4) 金銭の徴収又は給付に関する事項
(5) 特定の個人又は団体、特定の地域の住民等の権利等を不当に侵害するおそれのある事項
(6) 前各号に掲げるもののほか、住民投票に付することが適当でないことが明らかな事項
住民投票の対象とする事項に関する規定は、内容的にも立法技術的にも問題がある規定だと思う。気になる点について順次触れていくことにする。
(1) 自治基本条例の規定について
条例案では、第4条第1項で住民投票の対象となる市政に関する重要事項の意義を定めているが、自治基本条例第19条第2項で他の条例に委任している事項は、そのうち、住民投票の対象から除外する事項である。市政に関する重要事項の意義は、自治基本条例に定めるか、そうでなければ自治基本条例第19条第2項の「市政に関する重要事項(別に条例で定めるものを除く。)」の文言を「別に定める市政に関する重要事項」とすべきであった。
むしろ別に条例を定めるのであれば、自治基本条例第19条は、「市長は、別に条例で定めるところにより、市政に関する重要事項について*2、住民投票を実施しなければならない。」といった程度のざっくりとした規定でよかったのではないかと思う。
(2) 市政に関する重要事項と住民投票の対象外とする事項について
常設型の住民投票条例は、住民投票の対象とする事項をどのように定めるかが重要になってくると思う。
ちなみに、全国初の常設型住民投票条例である高浜市の条例(高浜市住民投票条例)は、第1条で「市政運営上の重要事項に係る意思決定について、市民による直接投票(以下「住民投票」という。)の制度を設けること」(第1条)と規定し、「市政運営上の重要事項」を第2条で定義している。武蔵野市の条例案と比較する意味で同条の規定を次に掲げる。
(定義)
第2条 この条例において「市政運営上の重要事項」とは、市が行う事務のうち、市民に直接その賛否を問う必要があると認められる事案であって、市及び市民全体に直接の利害関係を有するものをいう。ただし、次に掲げる事項を除く。
(1) 市の権限に属さない事項
(2) 議会の解散その他法令の規定に基づき住民投票を行うことができる事項
(3) もっぱら特定の市民又は地域にのみ関係する事項
(4) 市の組織、人事及び財務に関する事項
(5) 前各号に定めるもののほか、住民投票に付することが適当でないと明らかに認められる事項
両市とも、市の権限に属さない事項は、住民投票の対象から除外している。これは市が行う住民投票である以上当然のことであり、いわば確認的に規定していると考えるべきだろう。しかし、武蔵野市の条例案では、市の権限に属さない事項であっても「住民全体の意思として明確に表明しようとする場合」は住民投票の対象とすることとしているが(第4条第2項第1号ただし書)、権限外の事項について住民の賛否を問うということは法的には意味のないことであるし、何か良からぬ意図があるのではないかという疑念を感じる(2019年1月25日付け記事「県民投票条例」参照)。なお、この点については、(3)で再度触れる。
さらに、条例案第4条第2号は、「法令の規定に基づく住民投票その他直接請求を行うことができる事項」を住民投票の対象外としつつ、地方自治法に基づく条例の制定・改廃の請求がなされた事項について議会が否決した事項は対象とすることとしているが、これはある意味議会制を否定する行為であり、地方自治法に照らして問題があるのではないだろうか。
(3) 市政に関する重要事項に当たるかどうかを市長が決定することについて
条例案では、住民投票の実施を請求しようとする代表者が、市長に対し当該請求に係る事項が市政に関する重要事項であるか確認を求めることが住民投票を実施する場合の端緒となっている。しかし、条例案の第4条第2項第1号は、市の権限に属さない事項であっても住民全体の意思として明確に表明しようとする場合は住民投票の対象とすることにしているが、市長はどのように判断するのだろうか。
ちなみに、高浜市の条例は、「市長は、住民投票に係る市民請求又は議会請求があったときは、その請求の内容が前条各号の規定に該当する場合を除き、住民投票の実施を拒否することができないものとする」(第3条第7項)としており、上記の第2条の規定と合わせて考えると、住民投票の実施に関し市長の裁量があまり働かないようになっていると言える。これに対し、武蔵野市の条例案は、市長による恣意的な運用が懸念されるような書き振りになっており、特別な意図を持って規定しているのではないかと疑問を感じるところである。
3 まとめ
自治体が定める住民投票条例について外国人に投票権を認めるべきかどうかは、仮に認めるとしても居住期間等を考慮すべきという意見もあるが、私は住民投票の対象とする事項を適切に選択できるような条例であれば、外国人に投票権を認めても、法的にはもちろん、実際上弊害が起きるのではないかといった点についても、あまり問題はないのではないかと考えている。しかし、条例案は、特に第4条第2号で議会が一度判断した事項であっても住民投票の対象事項としていることなどからすると、その内容には問題があると言わざるを得ないのではないかと感じる。
また、これは武蔵野市の条例案に限ったことではないが、条例案では、住民投票を行う端緒は住民からの請求のみしか規定していないが*3、なぜ首長が自ら住民投票を行う場合を規定していないのか疑問を感じた。
武蔵野市の条例案については、外国人に投票権を認めるべきかどうかという点に関心が集まっているが、それ以前に、常設型の住民投票条例は、法制執務的にはかなり難度が高い条例であると言えるだろう。ただし、今回は比較の対象としては高浜市の条例しか参照していないので、機会があれば他の自治体の常設型の住民投票条例も参照した上で検討してみたいと思う。