自治立法立案の技法私論~自治体法制執務雑感Ver.2

例規審査事務経験のある地方公務員のブログ。https://twitter.com/hotiak1

法文のミスと罰則

公選法の罰則、2年消えたまま 参院法制局「単純ミス」

 公職選挙法の条項の一部で、本来あるはずの罰則が記載されていないことがわかった。2018年に法律が改正されて新たな条項が追加され、条項の順番が一つずれたが、罰則の方は修正されなかったため、既存の条項と罰則が対応しない状態になった。改正案を作った参議院法制局は取材に対し、ミスを認めている。

 今国会では政府が提出した法案の約4割でミスが見つかっている。専門家は「法律が軽く扱われ、じっくり検討されていないのではないか」と指摘する。

 罰則がなくなったのは公選法の「142条の4第7項」。候補者や政党が選挙に際して投票依頼などの電子メールを送る際に、送信者名や、受信拒否を希望する場合の連絡先などを表示するよう義務づける規定だ。

 総務省によると、この規定は13年の公選法改正で新設された。当初この条文は「第6項」だったが、18年にさらに改正され、新たな条項が挿入された影響で、条文内容はそのままで「第7項」に繰り下がった。

 この規定に違反した場合の罰則(244条第1項2の2)は、「142条の4第6項の規定に違反して同項に規定する事項を表示しなかった者」を、「1年以下の禁錮または30万円以下の罰金」と定めていた。

 18年の法改正時に、罰則中の表記「第6項」を「第7項」に修正する必要があった。だが修正はなされず、表示義務規定違反の罰則が消えた状態となった。

 (中略)

 この条項のずれを生んだ18年の法改正は、参院議員らの議員提案によるものだった。議員側から依頼を受け、18年の改正案をまとめた参院法制局第3部第1課の斎藤陽夫(あきお)課長は取材に、「何重にもチェックしたはずだが、単純なミスで罰則の修正ができていなかった」と説明した。

 修正ミスは、施行直後の18年12月に、総務省からの連絡で把握したという。修正するには国会に法改正案を提出し、議決される必要があるが、「誤りを直すためだけの法改正は想定しておらず、ほかの改正にあわせて修正の提案をしたい」と話す。ミスは発覚してから2年以上放置されていることになる。

 総務省選挙課の担当者は「技術的なミスだが、公選法全体の趣旨からいえば直ちに(表示義務違反への)罰則の効力自体が失われたとまでは考えにくい。ただ、再改正は必要になるだろう」とする。

 元衆議院法制局法制主幹の浅野善治・大東文化大教授(憲法学)は、「法制局は法案をまとめる際に何段階もの審査を重ね、厳格にチェックしているはず。通常あってはならないミスで、ミスが明確なら即座に正すべきだ」と指摘する。「今国会でも、考えられない法案ミスが起きている。法律は一字一句違うだけで影響が広範囲に及ぶ。法律を厳粛に扱う意識が官僚や法制局の職員の間で薄れているのではないか」と話す。

朝日新聞デジタル 2021年4月17日配信

 上記の改正は、平成30年法律第75号によるものであるが、同様の事例として、50年以上前の事例だが、伊藤栄樹ほか『罰則のはなし(2版)』(P23〜)に、同氏の法務省刑事局刑事課長当時の事例が紹介されている(旧ブログ2016年5月28日付け記事「条項ずれした条の引用と罰則」参照)。

 それは、当時の「へい獣処理場等に関する法律」に関わる事例であり、同法第9条第1項は知事が指定する区域で豚等を飼養しようとする者は知事の許可を受けなければならないとし、同法第10条第3号で「前条第1項に違反した者」に対しては1年以下の懲役又は3万円以下の罰金を課することとしていたが、昭和37年の同法の改正時に第9条と第10条の間に第9条の2が追加された際、第10条の改正が失念されていたという事例である。同氏は、地方検察庁からの照会に、「法律の沿革をたどってみれば、第10条第3号の規定は、第9条第1項の規定に違反した者を処罰しようとした規定であることがわかってはくるものの、刑罰を課することについては、わが憲法上の大原則として、罪刑法定主義というのがある。法律の明文なしに人を処罰することはできないし、また、罰則を勝手に類推解釈したり、拡張解釈することはできない」という理由から、「前条第1項の規定に違反した者」と規定している第10条第3号の規定は、第9条第1項の許可を受けないで豚を飼養した者を処罰するのに有効と解釈することに疑問があるので、不起訴処分とするほかないと回答したとのことである。

 これによると、総務省担当者の「公選法全体の趣旨からいえば直ちに罰則の効力自体が失われたとまでは考えにくい」という見解の意図はよく分からないものになる。法文の表記とそれによる実質的な法規範の内容との間に形式的な齟齬が生じていることが客観的に明らかであれば、「もちろん解釈」により法文の効力自体には影響はないといった見解のことを言っているのかもしれないが、本件は、法文の効力云々の問題というよりも、罰則規定を適用して起訴できるかどうかという問題であり、検察庁は起訴しないだろうから、結局罰則規定は意味がないものになっている(「空振りになっている」といった表現でもよいのかもしれないが)ということなのだろう*1

 ところで、元衆議院法制局法制主幹の見解もあまり納得ができない。「ミスが明確なら即座に正すべきだ」という主張はもっともらしく聞こえるが、ミスを修正するためだけに法案を提出している例はあまりないだろうから*2、ミスが明確な場合にはどうような対応をするのかというその方法をルール化することが大切だろう。

 また、「法律を厳粛に扱う意識が官僚や法制局の職員の間で薄れている」という指摘については、これまでもミスはあるのであり、むしろ職員への負担も含め立法を取り巻く環境等は以前よりミスを起こしやすい状況になっているだろうから、精神論よりもミスが起きないようなシステムを考えていくことが重要だろう。例えば、立法技術的な一例として、道路交通法における付記を一般的に導入すれば、付記がある規定を改正するときには、必ず罰則を確認するだろうから、少なくとも本件のようなミスを防ぐ手法にはなるのではないだろうか。

*1:本件の場合、総務省の担当者にコメントを求めるよりも、法務省の担当者にコメントを求める方が適当だったと思う。

*2:上記の「へい獣処理場等に関する法律」に関する事例では、昭和42年に他の改正法の附則で改正したとのことであるから、約5年程度放置していたことになる。