自治立法立案の技法私論~自治体法制執務雑感Ver.2

例規審査事務経験のある地方公務員のブログ。https://twitter.com/hotiak1

「附則」とあえて表記している例

   天皇の退位等に関する皇室典範特例法(平成29年法律第63号)

   附 則

 (施行期日)

第1条 この法律は、公布の日から起算して3年を超えない範囲内において政令で定める日から施行する。ただし、第1条並びに次項、次条、附則第8条及び附則第9条の規定は公布の日から、附則第10条及び第11条の規定はこの法律の施行の日の翌日から施行する。

2 (略)

 (意見公募手続等の適用除外)

第8条 次に掲げる政令を定める行為については、行政手続法(平成5年法律第88号)第6章の規定は、適用しない。

 (1)  (略)

 (2) 附則第4条第1項第2号及び第2項、附則第5条第2号並びに次条の規定に基づく政令

 複数の附則の規定をまとめて引用する場合には、通常は「附則第〇条及び第〇条」のように、「附則」の表記は冒頭にのみ行えばよいこととされている。「天皇の退位等に関する皇室典範特例法(以下「法」という。)」附則第1条第1項における附則第10条と第11条の引用では、そのように表記されている。

 しかし、同じ法附則第1条第1項における附則第8条と第9条の引用では、両方の規定に「附則」と表記されている。これは、「附則第9条」の「附則」という文字を省略するのであれば、「第1条並びに次項、次条並びに附則第8条及び第9条の規定」とする必要があるからであろう。

 同様に、法附則第8条第2号における「附則第5条第2号」に「附則」という文字が付されているのは、これを省略する場合には「附則第4条第1項第2号及び第2項並びに第5条第2号並びに次条の規定」とする必要があるからであろう。

 上記のように「附則」という文字を省略しない扱いにすると、「並びに」を重ねて用いる必要がなくなるというメリットはあるが、個人的にはそれほどこだわる必要はないと感じる。

立入検査時の身分証明書の提示

 法令における立入検査の規定においては、立入検査を行う職員は身分証明書を携帯しなければならないこととする規定を置くことが通例であるが、その書きぶりは、次のとおり、関係人の請求に応じて提示すべきこととするものと、関係人の請求がなくても提示を義務付けることとするものとがある。

関係人の請求に応じて提示すべきこととする規定の例

   水道法(昭和32年法律第177号)

 (給水装置の検査)

第17条 水道事業者は、日出後日没前に限り、その職員をして、当該水道によつて水の供給を受ける者の土地又は建物に立ち入り、給水装置を検査させることができる。ただし、人の看守し、若しくは人の住居に使用する建物又は閉鎖された門内に立ち入るときは、その看守者、居住者又はこれらに代るべき者の同意を得なければならない。

2 前項の規定により給水装置の検査に従事する職員は、その身分を示す証明書を携帯し、関係者の請求があつたときは、これを提示しなければならない

関係人の請求がなくても提示を義務付けることとする規定の例

   風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(昭和23年法律第122号)

 (報告及び立入り)

第37条 (略)

2 警察職員は、この法律の施行に必要な限度において、次に掲げる場所に立ち入ることができる。……

(各号略)

3 前項の規定により警察職員が立ち入るときは、その身分を示す証明書を携帯し、関係者に提示しなければならない。

4  (略)

 以上の規定のうち、どちらが適当なのかについては、関係人の請求がなくても提示を義務付ける規定とすることが望ましいとの見解が一般的のようである*1。抜き打ち検査をやる場合を考えればその方が適当だろうし、権限があると偽るような者があることまで想定するのであれば、関係人の請求がなくても提示を義務付ける意味はあるのかもしれない。

 しかし、実務を考えると、必ずしもそう言い切るべきでもないだろう。かつて、法令の立入検査の規定を根拠にして定期的に行う調査を担当したことがあるが、そのときは、あらかじめ調査日時と調査者を明記した通知を調査先に送付しているので、相手方もどこの誰が来るのか承知しているため、身分証明書の提示を要求されたことはないし、その必要性を感じたこともなかった*2

 また、上記の水道法の検査は、その規定の書きぶりからすると、相手方とは会わずに行うこともあると思う。

 そうすると、結局のところ、具体的に立入検査を行う場合を考慮した上で、適切な書きぶりを選択するということになるのだろう。

*1:興津征雄『行政法行政法総論』P296等

*2:もちろん、当該法令の身分証明書の提示に関する規定の書きぶりは、関係人の請求に応じて提示すべきこととするものであった。

虐待禁止条例改正条例案

 留守番禁止条例などと称され世間をにぎわした埼玉県虐待禁止条例の一部改正条例案は、結局撤回することで決着した。

 この改正条例案が議員提出であったため、SNS上では、議会事務局における条例審査についても盛り上がっていた。言うまでもなく、議会事務局における審査は、提出者である議員の意向を最大限尊重しなければいけないのだが、では、今回の場合審査担当は、どのようなことができたのか考えてみたい。

 今回、問題となった児童の放置の禁止に関する規定は、次のとおりである。

 (児童の放置の禁止等)

第6条の2 児童(9歳に達する日以後の最初の3月31日までの間にあるものに限る。)を現に養護する者は、当該児童を住居その他の場所に残したまま外出することその他の放置をしてはならない。

2 児童(9歳に達する日以後の最初の3月31日を経過した児童であって、12歳に達する日以後の最初の3月31日までの間にあるものに限る。)を現に養護する者は、当該児童を住居その他の場所に残したまま外出することその他の放置(虐待に該当するものを除く。)をしないように努めなければならない。

3 (略)

 この規定の問題点は、既に語り尽くされている感があるが、私が特に気になる点は、次のとおりである。

  • 報道では、「放置」=「虐待」といったことが言われているが、改正条例案第6条の2第2項を見れば分かるように、「放置」は、「虐待」とは別の概念として用いていることは明らかである*1。そうすると、第6条の2として児童の放置の禁止の規定を置くのであれば、条例における「虐待」の用語をそのままにしておいてよいのか検討する必要があるだろう(少なくとも題名と第1条の改正は必要と考える。)。
  • 虐待禁止条例には、次のとおり第5条第1項に虐待禁止の規定はあるものの、罰則等のない、いわゆる訓示規定であり、その他は、行政機関が行う施策を定めた規定がほとんどであるため、この条例の主たる位置付けは、行政施策条例ということになると思う。にもかかわらず、改正条例案では、住民の特定の行為を禁止する規定において、小学校低学年の児童を養護する場合と小学校低学年を養護する場合とで表現を変えており、ここには何かこだわりがあるのだろうが、この条例においてはあまり意味があるとは思えないし、逆に裏目に出たような感じがする。

 (養護者の責務)

第5条 養護者は、児童等に対し、虐待をしてはならない。

2 (略)

 では、どのようにすることが考えられるかであるが、虐待禁止条例の中に、児童の放置の禁止の規定を置くのであれば、雑則*2に置くより仕方がないだろう。そして、それを提出者に提案しても反対はされないのではないか。

 次に、どのような規定とするかであるが、小学校低学年の児童に対する放置であっても「……努めなければならない」という表現でよければ簡単だが、そこは提出者にこだわりがありそうなので、次のような条文をベースとして、提出者とやり取りをしていくのであれば、それなりの着地点を見出すことができたのかもしれない。

 (児童の放置の禁止等)

第22条の2 第5条第1項に定めるもののほか、養護者は、その養護する児童の生命又は身体に危険が生じるおそれがある状況において、当該児童を放置してはならない。

2 (略)

 なお、この改正条例案に対しては、表記が適切でないとの批判もあり、それはそのとおりだと思うが、まあ条例ではありがちであり、むしろ「住居その他の場所に残したまま外出すること」という例示を書くなど、それなりに考えた表現になっているというのが私の感想である。ただし、この例示を入れたことが表記をおかしくした原因であり、さらに「住居」を例示としたことも、これが「車内」であったのであれば、印象もまた変わったものになったように感じる。

 いずれにしろ、この改正条例案は、世間に対する注意喚起が一番の目的だったのだろうから、できるだけあっさりと書くことを考えるべきだったのではないだろうか。

*1:条例上「長時間の放置」を「虐待」と考えている(条例第2条第1号イ、「児童虐待の防止等に関する法律」第2条第3号

*2:第23条から第25条までが雑則規定である。

「直ちに」~道路交通法に基づく救護義務違反が問われた事例

ひき逃げで逆転無罪=長野の15歳死亡事故―東京高裁

 長野県佐久市で2015年、横断歩道を渡っていた中学3年の男子生徒=当時(15)=をはねて死亡させる事故を起こした際、直ちに救護しなかったとして道交法違反(ひき逃げ)罪に問われた男性被告(50)の控訴審判決が28日、東京高裁であった。田村政喜裁判長は「直ちに救護措置を講じなかったと評価することはできない」として、懲役6月とした一審長野地裁判決を破棄し、無罪を言い渡した。

 事故を巡っては同年、過失運転致死罪で男性の有罪判決が確定。長野地検は22年、男性が男子生徒の救護前、飲酒の発覚を免れるため口臭防止用の商品を買いにコンビニへ行ったことが救護義務違反に当たるとして、再度起訴した。

 田村裁判長は、男性がコンビニに立ち寄った時間は1分余りで、その後男子生徒を発見して人工呼吸などをしたことから、「道義的には非難されるべきでも、救護の意思を失ったとは認められない」と判断した。

 22年11月の地裁判決は、コンビニに立ち寄ったことで救護の措置を遅延させたとして有罪を言い渡していた。

 伊藤栄二・東京高検次席検事の話 主張が認められず誠に遺憾。判決内容を十分に検討し、適切に対応したい。 

時事通信社2023年9月28日配信

 地元では、大きく取り上げられていたニュースであり、2022年の地裁判決時には、被害者の御両親の苦労が報われたと好意的に報道されていた記憶があるが、それだけに、今回の判決は意外だったというのが正直な感想である。

 交通事故時の救護義務を定めた道路交通法第72条の規定は、次のとおりである。

(交通事故の場合の措置)

第72条 交通事故があつたときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員(以下この節において「運転者等」という。)は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。この場合において、当該車両等の運転者(運転者が死亡し、又は負傷したためやむを得ないときは、その他の乗務員。次項において同じ。)は、警察官が現場にいるときは当該警察官に、警察官が現場にいないときは直ちに最寄りの警察署(派出所又は駐在所を含む。同項において同じ。)の警察官に当該交通事故が発生した日時及び場所、当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の負傷の程度並びに損壊した物及びその損壊の程度、当該交通事故に係る車両等の積載物並びに当該交通事故について講じた措置(第75条の23第1項及び第3項において「交通事故発生日時等」という。)を報告しなければならない。

2~4 (略)

 判決文を見ていないので、詳細はよく分からないのだが、救護を履行する意思が継続していたかどうかを問題視しているようである。

 しかし、条文は、「直ちに……負傷者を救護し……なければならない」としているだけであり、「直ちに」とは、まさに「即時に」という趣旨で用いられる用語であるため、被告は、たとえ救護する意思を有していたとしても、事故直後にそれに対する措置とは無関係な行為をとっている以上、たとえ救護を履行する意思があったとしても、救護義務違反があったという評価をしてよいのではと感じる。

 報道によると、東京高検は最高裁判所への上告を検討しているとのことであり、注視したい。

地方自治法の規定修正案(8)~第3編第3章

第285条

 市町村及び特別区の事務に関し相互に関連するものを共同処理するための市町村及び特別区の一部事務組合については、市町村又は特別区の共同処理しようとする事務が他の市町村又は特別区の共同処理しようとする事務と同一の種類のものでない場合においても、これを設けることを妨げるものではない。

 「市町村又は特別区の共同処理しようとする事務が他の市町村又は特別区の共同処理しようとする事務と同一の種類のものでない場合」という表現は分かりにくいのだが、松本英昭『新版逐条地方自治法(第4次改訂版)』(P1410)には、次のように記載されている。

 「市町村の共同処理しようとする事務が他の市町村の共同処理しようとする事務と同一の種類のものでない場合」とは、例解するならば、A市、B町、C町、D村、E村で一部事務組合を設置しようとする場合に、関係全市町村で総合的な計画を策定し、A市、B町、C町でごみ処理をし、A市、B町、C町、D村、E村で病院事務を処理し、B町、C町、D村、E村で養護老人ホームを設置し、C町、D村で火葬場を設置するというように、ある共同処理事務について、組合を組織しようとする市町村のうち2以上のものが関係していることは必要ではあるが、全市町村が関係していることは必要ではなく、そのような数種の事務を共同処理する結果、共同処理する事務の全体からみた場合に全市町村が関係している場合を意味するのである。

 第285条の表現からは、上記の解説にあることの全てについて読み取ることは難しいと思うが、要は、一部事務組合の全ての事務について構成市町村の全てが共同処理することとしなくてもいいということであるので、次のように書いた方がまだ分かりやすいと思う。 

 市町村及び特別区の事務に関し相互に関連するものを共同処理するための市町村及び特別区の一部事務組合については、その事務の一部について共同処理しないこととする市町村又は特別区がある場合においても、これを設けることを妨げるものではない。

地方自治法の規定修正案(7)~第2編第9章

第210条

一会計年度における一切の収入及び支出は、すべてこれを歳入歳出予算に編入しなければならない。

 「一会計年度における一切の」は不要だと思う。納まりが悪いのであれば、「収入及び支出は、全て当該会計年度の歳入歳出予算に……」とすればいい。

 

第228条第1項

分担金、使用料、加入金及び手数料に関する事項については、条例でこれを定めなければならない。この場合において、手数料について全国的に統一して定めることが特に必要と認められるものとして政令で定める事務(以下本項において「標準事務」という。)について手数料を徴収する場合においては、当該標準事務に係る事務のうち政令で定めるものにつき政令で定める金額の手数料を徴収することを標準として条例を定めなければならない。

 標準事務について政令で定め、そのうち手数料を徴収する事務について政令で定めるという迂遠な方法をとる必要はないと思う。下線部は、あえて書く意味がよく分からない。

 

第242条第1項

普通地方公共団体の住民は、当該普通地方公共団体の長若しくは委員会若しくは委員又は当該普通地方公共団体の職員について、違法若しくは不当な公金の支出、財産の取得、管理若しくは処分、契約の締結若しくは履行若しくは債務その他の義務の負担がある(当該行為がなされることが相当の確実さをもつて予測される場合を含む。)と認めるとき、又は……

 括弧は、「認めるとき」の後ろに付す方がよいと思う。

基礎から分かる!自治体の例規審査

 この度、「基礎から分かる!自治体の例規審査」を上梓させていただきました。

 昨年5月頃、法制執務について、立案という視点ではなく、審査という視点で記載した書籍を企画したいとのお話があり、7月に正式に依頼を受け執筆させていただきました。

 執筆に当たっては、実はあまり「立案」とか「審査」とか意識せず、私が例規審査担当になったときに知っていればよかったと感じたこと、また現在知っていれば有益と感じることを記載するように努めました。

 興味がある方は、ぜひ手に取っていただければと思います。

www.gakuyo.co.jp