自治立法立案の技法私論~自治体法制執務雑感Ver.2

例規審査事務経験のある地方公務員のブログ。https://twitter.com/hotiak1

虐待禁止条例改正条例案

 留守番禁止条例などと称され世間をにぎわした埼玉県虐待禁止条例の一部改正条例案は、結局撤回することで決着した。

 この改正条例案が議員提出であったため、SNS上では、議会事務局における条例審査についても盛り上がっていた。言うまでもなく、議会事務局における審査は、提出者である議員の意向を最大限尊重しなければいけないのだが、では、今回の場合審査担当は、どのようなことができたのか考えてみたい。

 今回、問題となった児童の放置の禁止に関する規定は、次のとおりである。

 (児童の放置の禁止等)

第6条の2 児童(9歳に達する日以後の最初の3月31日までの間にあるものに限る。)を現に養護する者は、当該児童を住居その他の場所に残したまま外出することその他の放置をしてはならない。

2 児童(9歳に達する日以後の最初の3月31日を経過した児童であって、12歳に達する日以後の最初の3月31日までの間にあるものに限る。)を現に養護する者は、当該児童を住居その他の場所に残したまま外出することその他の放置(虐待に該当するものを除く。)をしないように努めなければならない。

3 (略)

 この規定の問題点は、既に語り尽くされている感があるが、私が特に気になる点は、次のとおりである。

  • 報道では、「放置」=「虐待」といったことが言われているが、改正条例案第6条の2第2項を見れば分かるように、「放置」は、「虐待」とは別の概念として用いていることは明らかである*1。そうすると、第6条の2として児童の放置の禁止の規定を置くのであれば、条例における「虐待」の用語をそのままにしておいてよいのか検討する必要があるだろう(少なくとも題名と第1条の改正は必要と考える。)。
  • 虐待禁止条例には、次のとおり第5条第1項に虐待禁止の規定はあるものの、罰則等のない、いわゆる訓示規定であり、その他は、行政機関が行う施策を定めた規定がほとんどであるため、この条例の主たる位置付けは、行政施策条例ということになると思う。にもかかわらず、改正条例案では、住民の特定の行為を禁止する規定において、小学校低学年の児童を養護する場合と小学校低学年を養護する場合とで表現を変えており、ここには何かこだわりがあるのだろうが、この条例においてはあまり意味があるとは思えないし、逆に裏目に出たような感じがする。

 (養護者の責務)

第5条 養護者は、児童等に対し、虐待をしてはならない。

2 (略)

 では、どのようにすることが考えられるかであるが、虐待禁止条例の中に、児童の放置の禁止の規定を置くのであれば、雑則*2に置くより仕方がないだろう。そして、それを提出者に提案しても反対はされないのではないか。

 次に、どのような規定とするかであるが、小学校低学年の児童に対する放置であっても「……努めなければならない」という表現でよければ簡単だが、そこは提出者にこだわりがありそうなので、次のような条文をベースとして、提出者とやり取りをしていくのであれば、それなりの着地点を見出すことができたのかもしれない。

 (児童の放置の禁止等)

第22条の2 第5条第1項に定めるもののほか、養護者は、その養護する児童の生命又は身体に危険が生じるおそれがある状況において、当該児童を放置してはならない。

2 (略)

 なお、この改正条例案に対しては、表記が適切でないとの批判もあり、それはそのとおりだと思うが、まあ条例ではありがちであり、むしろ「住居その他の場所に残したまま外出すること」という例示を書くなど、それなりに考えた表現になっているというのが私の感想である。ただし、この例示を入れたことが表記をおかしくした原因であり、さらに「住居」を例示としたことも、これが「車内」であったのであれば、印象もまた変わったものになったように感じる。

 いずれにしろ、この改正条例案は、世間に対する注意喚起が一番の目的だったのだろうから、できるだけあっさりと書くことを考えるべきだったのではないだろうか。

*1:条例上「長時間の放置」を「虐待」と考えている(条例第2条第1号イ、「児童虐待の防止等に関する法律」第2条第3号

*2:第23条から第25条までが雑則規定である。