自治立法立案の技法私論~自治体法制執務雑感Ver.2

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バックアップデータは公文書に当たるのか

 今回は、今記載しているシリーズを中断して、「桜を見る会」の招待者名簿のバックアップデータが公文書に当たるかどうかについて、いわゆる組織共有文書に該当しないため公文書に当たらないとする政府の見解について批判がなされていることを取り上げることとする。

 公文書(行政文書)については、次のとおり「公文書等の管理に関する法律第2条第4項」において定義されている*1

 この法律において「行政文書」とは、行政機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書(図画及び電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られた記録をいう。以下同じ。)を含む……。)であって、当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして、当該行政機関が保有しているものをいう。(ただし書略)

 政府の見解に対する専門家の批判を見てみると、元公文書管理委員会委員長代理の三宅弘弁護士の次の見解がある。

 三宅氏は、南スーダン国連平和維持活動(PKO)と自衛隊イラク派遣の日報問題をあげ「原本の紙や電子データがなくなった時点で、バックアップが法律上の行政文書になる」と解説する。

 17年に判明した南スーダンPKOの日報問題では当初、情報開示請求に対して「廃棄した」として不開示の決定を出していた。だが、再調査で電子データが残っていたことが判明すると開示に転じ、当時の陸自トップが引責辞任に追い込まれた。翌18年にも防衛省が国会で「ない」としていた自衛隊イラク派遣時の活動報告の電子データが見つかった。

 こうした点を踏まえ、三宅氏は、組織共用性がないため行政文書ではないとする政府の説明は「成り立たない」と明言。「(バックアップであっても)資料要求が来ているのなら、出さなければいけない義務が発生する」と指摘した。

朝日新聞デジタル2019年12月4日配信

 この見解は、政府の説明責任という観点からは適切な意見だと思うが、公文書性という観点では説明になっていないのではないかと思う。

 また、公文書管理法に関する著書がある二関辰郎弁護士の次の見解がある。

 「『行政文書』であるためには、行政機関の職員が組織的に用いるものである必要、つまり『組織共用性』の要件を充足する必要があります。

 バックアップデータには『組織共用性』がないとして行政文書性(行政文書であること)を否定する議論がなされているようですが、この『組織共用性』の要件は、もともと職員の個人的メモなどを行政文書から除外するための概念です。

 バックアップデータを残す仕組みは、職員が個人的に行っていることではなく、行政機関が組織として取り入れた仕組みではないでしょうか。

 バックアップデータは、どのサーバーに保存するかといった物理的所在や紙媒体か電磁データかといった媒体の種類などを除けば、デジタルデータですから内容的には原本や元データと同一のもので、原本や元データがなんらかの理由で失われたり破損したりした場合に備えて保存されているものです。

 それゆえ、原本や元データが職員の個人的メモと位置づけられる場合において、もし、そのバックアップデータもとられているのであれば、それも同様に個人的メモと位置づけられるでしょう。

 しかし、原本や元データが行政文書と位置づけられる場合であれば、そのバックアップデータは行政文書と位置づけられるのではないでしょうか。

 つまり、バックアップデータであるからといって、そのことから一律に行政文書性を否定することはできないのではないかと思います。

 (中略)

 組織共用性が認められるか否かは、(1)文書の作成・取得の状況(職員個人の便宜のためにのみ作成されたものであるかどうかなど)、(2)当該文書の利用の状況(業務上必要として他の職員又は部外に配布されたものであるかどうか、他の職員がその職務上利用しているものであるかどうか)、(3)保存・廃棄の状況(専ら当該職員の判断で処理できる性質の文書であるかどうか、組織として管理している職員共用の保存場所で保存されているものであるかどうか)などを総合的に考慮して判断されるようです……。

 『桜を見る会』の招待者名簿は、職員個人の便宜のためにのみ作成されたものでないですし、複数の省庁からの提出を受けて内閣府で取りまとめていたもののようです。

 そうすると、これらの要件のうち、(1)の作成状況や(2)の利用状況については、組織共用性の認定にプラスに働く事情があることになるでしょう。

 要件の(3)については、まず、職員個人の判断で廃棄できるような文書とは言えない点も、組織共用性の認定にプラスに働く事情です。

 残るは、『組織として管理している職員共用の保存場所で保存されているものであるかどうか』です。先程も指摘したとおり、バックアップデータは、職員が個人的に残しているわけではなく、行政機関が組織として残している仕組みでしょうから、この点も組織共用性の認定にプラスに働く事情ではないでしょうか……

弁護士ドットコムニュース 2019年12月10日配信

 この見解は、「組織共用性」の要件が職員の個人的メモなどを行政文書から除外するための概念であることから、当該データが個人的に用いられるものか、組織的に用いられているかという点に固執してしまっている嫌いがあり、バックアップデータの性格を考慮していないように思われる。

 思うに、個人情報保護という観点からすると、利用目的を果たしたデータを速やかに廃棄するのは「行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律」の趣旨からすれば適切な対応であるので*2 、当該データを廃棄するという意思がある以上、公文書は存在しないと考える方が適当なのではないだろうか。

 私は、政府の対応が適切と考えているわけではない。当該データを廃棄した時期等を考えると、責任回避のため意図的に廃棄したと考えざるを得ない。このように政府の対応に問題があることは明らかなのだが、この問題は、バックアップデータが公文書かどうかといった問題ではなく、説明責任という観点から保存期限を含めて当該データの保存の在り方が適切だったかどうかという問題ではないだろうか。そして、説明責任を果たすという観点から、バックアップデータを復元すれば、それは紛れもなく公文書になるのである。

*1:行政機関の保有する情報の公開に関する法律」においても同法第2条第2項において同様に定義されている。

*2:行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律」に明記されているわけではないが、同法第6条第1項で「行政機関の長は、保有個人情報の漏えい、滅失又は毀損の防止その他の保有個人情報の適切な管理のために必要な措置を講じなければならない」と規定されていることからして、そのように言えるのではないだろうか。