自治立法立案の技法私論~自治体法制執務雑感Ver.2

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いわゆるAV出演被害防止・救済法について

 2022年6月15日、議員提案(衆法)による「性をめぐる個人の尊厳が重んぜられる社会の形成に資するために性行為映像制作物への出演に係る被害の防止を図り及び出演者の救済に資するための出演契約等に関する特則等に関する法律」(いわゆるAV出演被害防止・救済法。以下「法」という。)が成立した。

 法の目的は、第1条で次のとおり定めている。

 この法律は、性行為映像制作物の制作公表により出演者の心身及び私生活に将来にわたって取り返しの付かない重大な被害が生ずるおそれがあり、また、現に生じていることに鑑み、性行為映像制作物への出演に係る被害の発生及び拡大の防止を図り、並びにその被害を受けた出演者の救済に資するために徹底した対策を講ずることが出演者の個人としての人格を尊重し、あわせてその心身の健康及び私生活の平穏その他の利益を保護するために不可欠であるとの認識の下に、性行為の強制の禁止並びに他の法令による契約の無効及び性行為その他の行為の禁止又は制限をいささかも変更するものではないとのこの法律の実施及び解釈の基本原則を明らかにした上で、出演契約の締結及び履行等に当たっての制作公表者等の義務、出演契約の効力の制限及び解除並びに差止請求権の創設等の厳格な規制を定める特則並びに特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(平成13年法律第137号)の特例を定めるとともに、出演者等のための相談体制の整備等について定め、もって出演者の性をめぐる個人の尊厳が重んぜられる社会の形成に資することを目的とする。

 法はいわゆるAVを規制するためのものなのだろうが、それを「性行為映像制作物」として法第2条第2項において次のとおり定義している。

 この法律において「性行為映像制作物」とは、性行為に係る人の姿態を撮影した映像並びにこれに関連する映像及び音声によって構成され、社会通念上一体の内容を有するものとして制作された電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)又はこれに係る記録媒体であって、その全体として専ら性欲を興奮させ又は刺激するものをいう。

 この「性行為映像制作物」は、「全体として専ら性欲を興奮させ又は刺激するもの」であることとしているため、法文上では実際にこれに当たるかどうかについて疑義が生ずることが予想される。実際に問題となっている業界は明らかで、法律の執行段階ではそれをターゲットにすればいいということかもしれないが、法律として見た場合には、例えば公的機関による「性行為映像制作物」であるかどうかの認定のような手続が必要になるように思われる。

 それ以外にも、この法律にはいかがかと思われる規定がある。

 例えば、法第1条に「性行為の強制の禁止並びに他の法令による契約の無効及び性行為その他の行為の禁止又は制限をいささかも変更するものではないとのこの法律の実施及び解釈の基本原則を明らかにした上で……」と規定しているが、この基本原則は、法第3条第3項及び第4項に次のように規定している。

3 この法律のいかなる規定も、公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為を無効とする民法明治29年法律第89号)第90条の規定その他の法令の規定により無効とされる契約を有効とするものと解釈してはならない。

4 制作公表者及び制作公表従事者は、性行為映像制作物の制作公表に当たっては、この法律により刑法(明治40年法律第45号)、売春防止法(昭和31年法律第118号)その他の法令において禁止され又は制限されている性行為その他の行為を行うことができることとなるものではないことに留意するとともに、出演者の権利及び自由を侵害することがないようにしなければならない。

 立法技術的には、「性行為映像制作物」から、①「公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為を無効とする民法明治29年法律第89号)第90条の規定その他の法令の規定により無効とされる契約に係るもの」と②「刑法(明治40年法律第45号)、売春防止法(昭和31年法律第118号)その他の法令において禁止され又は制限されている性行為その他の行為に係るもの」を除くことで、これらはこの法律の対象外とするのが本来なのだろう。そして、必要と考えるのであれば、①の契約については無効であること、②については刑法等の適用が除外されるものではないことを確認的に規定すればよいだろう。

 その他、「この法律の実施及び解釈の基本原則」の中身を第1条で重ねて書くなど、法律ではあまり考えられないようなものになっている。

 成立することを前提としていないような感じも受けるのだが、立案者の文言に対する思い入れが過剰な程強かったということだろうか。