自治立法立案の技法私論~自治体法制執務雑感Ver.2

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武蔵野市住民投票条例案(上)

 武蔵野市住民投票条例案(以下「武蔵野市条例案」又は単に「条例案」という。)が外国人に投票権を認めることとしていることが大きな話題になっている。一部の国会議員から、外国人に投票権を認めると外国人による意思決定がなされる危険があるという意見も出されているが、中には十分理解をした上で反対しているのかと感じる意見も見られる。

 条例案に反対する国会議員が特に懸念していることは国政への影響であることもあるが*1、この問題については、外国人にも投票権を認めるべきかどうかということと、住民投票の対象とする事項をどのようなものとするかということを切り分けて考えた方はいいのではないかと思っている。以下順次触れていくこととする。

1 外国人に投票権を認めることについて

 条例案では、住民投票における投票権を誰に認めるかについて第5条に定められているが、その規定は次のとおりである。

 (住民投票の投票資格者)

第5条 住民投票投票権を有する者(以下「投票資格者」という。)は、年齢満18年以上の日本国籍を有する者又は定住外国人であって、かつ、武蔵野市に住民票が作成された日(他の市町村(特別区を含む。)から武蔵野市の区域内に住所を移した者で、住民基本台帳法(昭和42年法律第81号)第22条の規定による届出をしたものについては、当該届出をした日)から引き続き3月以上武蔵野市住民基本台帳に記録されているものとする。

2 前項に規定する「定住外国人」とは、次の各号のいずれかに該当する者をいう。

 (1) 出入国管理及び難民認定法(昭和26年政令第319号)第19条の3に規定する中長期滞在者

  (2) 日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法(平成3年法律第71号)に定める特別永住者

 外国人に住民投票投票権を認めることについて、定住外国人に選挙権を与えていないことが違憲であると主張する訴訟に関する最高裁判決に触れられることがあるが、当該判決である最高裁平成7年2月28日判決は、次のとおりである。

 憲法第3章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、我が国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものである。そこで、憲法15条1項にいう公務員を選定罷免する権利の保障が我が国に在留する外国人に対しても及ぶものと解すべきか否かについて考えると、憲法の右規定は、国民主権の原理に基づき、公務員の終局的任免権が国民に存することを表明したものにほかならないところ、主権が「日本国民」に存するものとする憲法前文及び1条の規定に照らせば、憲法国民主権の原理における国民とは、日本国民すなわち我が国の国籍を有する者を意味することは明らかである。そうとすれば、公務員を選定罷免する権利を保障した憲法15条1項の規定は、権利の性質上日本国民のみをその対象とし、右規定による権利の保障は、我が国に在留する外国人には及ばないものと解するのが相当である。そして、地方自治について定める憲法第8章は、93条2項において、地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が直接これを選挙するものと規定しているのであるが、前記の国民主権の原理及びこれに基づく憲法15条1項の規定の趣旨に鑑み、地方公共団体が我が国の統治機構の不可欠の要素を成すものであることをも併せ考えると、憲法93条2項にいう「住民」とは、地方公共団体の区域内に住所を有する日本国民を意味するものと解するのが相当であり、右規定は、我が国に在留する外国人に対して、地方公共団体の長、その議会の議員等の選挙の権利を保障したものということはできない……。

 このように、憲法93条2項は、我が国に在留する外国人に対して地方公共団体における選挙の権利を保障したものとはいえないが、憲法第8章の地方自治に関する規定は、民主主義社会における地方自治の重要性に鑑み、住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務は、その地方の住民の意思に基づきその区域の地方公共団体が処理するという政治形態を憲法上の制度として保障しようとする趣旨に出たものと解されるから、我が国に在留する外国人のうちでも永住者等であってその居住する区域の地方公共団体と特段に緊密な関係を持つに至ったと認められるものについて、その意思を日常生活に密接な関連を有する地方公共団体の公共的事務の処理に反映させるべく、法律をもって、地方公共団体の長、その議会の議員等に対する選挙権を付与する措置を講ずることは、憲法上禁止されているものではないと解するのが相当である。しかしながら、右のような措置を講ずるか否かは、専ら国の立法政策にかかわる事柄であって、このような措置を講じないからといって違憲の問題を生ずるものではない。

(以下略)

 外国人に住民投票投票権を認めることに反対する者は、この判決で外国人に自治体に係る選挙権を認めるべきとの訴えを退けていることを強調している。しかし、それは憲法上の権利として保証したものではないと言っているだけで、傍論ではあるが立法政策として外国人に選挙権を認めても違憲ではないと言っており、ましてや市政の重要事項について意見を聴くだけの住民投票投票権を外国人に与えることとしても違憲とは到底言えないだろう*2

 ただし、この判決では、「永住者等であってその居住する区域の地方公共団体と特段に緊密な関係を持つに至ったと認められるもの」であれば、その者に自治体の選挙権を与えるかどうかは立法政策としているだけなので、条例案出入国管理及び難民認定法第19条の3に規定する中長期滞在者*3も投票有資格者としていることについては議論の余地があるだろう。

(参考)旧ブログ(「自治法制執務雑感」)における関連記事

・2011年2月4日付け記事「外国人等に住民投票条例に基づく投票権を付与することについて

*1:地方分権により権限移譲が進んでいるから、自治体の権限に関わる事項について外国人に投票権を認めることは危険だという趣旨のことを述べていた総務大臣経験者がいたが、権限移譲されてきている事項がどういうものであるのかを承知しているのか疑問であり、国会議員の地方分権に対する見識の無さを感じる。

*2:この点、外国人に住民投票投票権を認めることに反対する者は、これを選挙権と同一のものであるかのように主張をしているように見られる。仮にこの判決を自身の主張の根拠とするのであれば、本件では憲法第95条の地方特別法に係る住民投票制度と比較した方が親和性があるだろう。つまり、同条は「一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない」という規定であり、投票権者は「国民」ではなく「住民」としているが、本件判決で憲法第93条第2項の「住民」は日本国籍を有する者と解すべきとしているので、憲法第95条の「住民」も当然日本国籍を有する者と解すべきである、したがって、条例案における住民投票投票権者も日本国民とすべきといった主張をするのである。ただし、これも所詮立法政策の問題であろう。

*3:出入国管理及び難民認定法第19条の3は、「次に掲げる者以外の者」を中長期滞在者とし、「次に掲げる者」として①3月以下の在留期間が決定された者、②短期滞在の在留資格が決定された者、③外交又は公用の在留資格が決定された者、そして④前3号に準ずる者として法務省令で定めるものを規定している。