自治立法立案の技法私論~自治体法制執務雑感Ver.2

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義務付けされていない行為に対して過料を科すことは可能か(上)

 2021年2月3日に公布された「新型インフルエンザ等対策特別措置法等の一部を改正する法律(令和3年法律第5号)」第2条の規定により「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(以下このシリーズで「感染症法」という。)」が改正され、次の場合について50万円以下の過料を科せられることとなった。

  1. 入院の勧告又は入院の措置により入院した者がその入院の期間中に逃げたとき。
  2. 入院の措置を実施される者が正当な理由がなくその入院すべき期間の始期までに入院しなかったとき。

 法案提案の段階では、この罰則は1年以下の懲役又は100万円以下の罰金とされていたが、衆議院において修正されている。改正後の感染症法の該当条文は、次のとおりである。

第80条 第19条第1項、第20条第1項若しくは第26条において準用する第19条第1項若しくは第20条第1項(これらの規定が第7条第一項の規定に基づく政令によって準用される場合及び第53条第1項の規定に基づく政令によって適用される場合を含む。)若しくは第46条第1項の規定による入院の勧告若しくは第19条第3項若しくは第5項、第20条第2項若しくは第3項若しくは第26条において準用する第19条第3項若しくは第5項若しくは第20条第2項若しくは第3項(これらの規定が第7条第1項の規定に基づく政令によって準用される場合及び第53条第1項の規定に基づく政令によって適用される場合を含む。以下この条において同じ。)若しくは第46条第2項若しくは第3項の規定による入院の措置により入院した者がその入院の期間(第20条第4項若しくは第26条において準用する同項(これらの規定が第7条第1項の規定に基づく政令によって準用される場合及び第53条第1項の規定に基づく政令によって適用される場合を含む。)又は第46条第4項の規定により延長された期間を含む。)中に逃げたとき又は第19条第3項若しくは第5項、第20条第2項若しくは第3項若しくは第26条において準用する第19条第3項若しくは第5項若しくは第20条第2項若しくは第3項若しくは第46条第2項若しくは第3項の規定による入院の措置を実施される者(第23条若しくは第26条において準用する第23条(これらの規定が第7条第1項の規定に基づく政令によって準用される場合及び第53条第1項の規定に基づく政令によって適用される場合を含む。)又は第49条において準用する第16条の3第5項の規定による通知を受けた者に限る。)が正当な理由がなくその入院すべき期間の始期までに入院しなかったときは、50万円以下の過料に処する。

 感染症法に基づき入院措置をする場合には、入院勧告の手続を前置することとなっているが、入院勧告は行政指導であり、入院措置は即時強制と解されているため、上記の規定について、法律上の義務付けがないのに罰則を科してよいのか疑問が出されている。

 次は、衆議院内閣委員会における議論の状況である。

○山尾委員 ……入院措置なんですけれども、入院勧告があって、入院措置で、今回、懲役がなくなって、刑事罰がなくなって行政罰になったからよかったというような話があるんですけれども、ちょっと私、よくないんじゃないかなということを思っています。

 いつ法律上の義務が生じるんでしょうか、この入院勧告を受けた側に。入院のプロセスがはっきりしていないので、そのまま罰則をつけるということが極めて不合理だと思うんですけれども、入院勧告を受けた側はいつ法律上の義務を生じるんですか。

 ちょっとつけ加えると、過料の対象になるので、その前提として、その人は行政上の義務を負っていなきゃいけないですよね。だから、それに反するから過料なんです。入院勧告は、義務ないので、いつ義務を負うんですか。

〇正林政府参考人厚生労働省健康局長) お答えします。

 感染症法の入院措置は、感染症の患者が入院勧告に従わぬ場合に強制的に入院させることができる即時強制の仕組みでありますが、この対象となった方にはこれを受忍していただく必要があり、応じていただけない方を罰則の対象とすることに法的な問題はないと考えております。

(第204回国会衆議院内閣委員会(令和3年2月1日))

 この時点では、まだ刑罰を行政罰とする修正案は提案されていないものの、既に修正を前提とした議論がなされていることが窺えるが、政府参考人の答弁自体は修正を前提としたものかどうかよく分からない。

 ただし、罰則の内容が刑罰であれば、刑法犯(自然法犯)的なものについては法律上に義務付けの規定は置かないため(刑法の規定参照)、入院しないこと自体を悪と考えて刑罰を科すことはあり得るのであり、そうした意味で政府参考人の答弁は納得できるところである。