自治立法立案の技法私論~自治体法制執務雑感Ver.2

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「基づく」~日本学術会議の会員の任命問題に関連して

 今回は、今記載しているシリーズを中断して、話題になっている日本学術会議(以下「会議」という。)が推薦した会員候補のうち6人を菅政権が任命しなかったことを取り上げる。

 日本学術会議法(以下「法」という。)第7条第2項は、「会員は、第17条の規定*1による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する。」と規定しているが、問題となっているのは、会議が推薦した候補者を内閣総理大臣は全て任命しなければいけないか、つまり内閣総理大臣の任命は、会議の推薦に拘束されるかどうかである。

 まず、法第7条第2項にある「基づく」という用語については、吉国一郎ほか『法令用語辞典(第9次改訂版』(P730)では「普通、根拠とする、基礎とする、原因とするの意味に用いられる」とされている。この意味からすると、会議が推薦しない者を任命することは当然違法となるが、会議が推薦した者を任命しないことが直ちに違法とは言えないことになる。

 「基づく」という用語に関連して、法令用語に係る文献によく取り上げられる用語として「議に基づき」「議に付し」「議を経て」「議により」がある。これらは、合議体の機関の審議に付する場合に使用される用語であるが、その結果に審議を求めた執行機関が拘束される程度によって使い分けがされており、林修三『法令用語の常識』(P24)には次のように記載されている。

 「議により」というのが拘束力が最も強く、この語が使われている場合は、執行機関は、原則として、完全に審議会の議決に法的に拘束されるものと考えてよいであろう。……その他の3つの用語は、大体において、「……の意見を聞き」とか、「……にはかって」というのと同様に、審議会の議決にそのままの形では法的には拘束されないものとみるのが妥当であろう(法令の規定に基づき、審議機関の議にかけた以上、その意見を、事実上尊重すべきは、もとより当然である。……ただ、この場合における事実上というか、道徳的・政治的の拘束力の強さが、どの程度に及ぶかということは、それぞれの法令の規定の趣旨に従って判断するほかない)。

 これと同様に考えるのであれば、法的には、会議の推薦した全ての者をそのまま任命しなければいけないということにはならないだろう。

 この点に関連して、日本国憲法第6条第1項で「天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。」とされている内閣総理大臣の任命について、天皇の行う任命が形式的であることから会議の会員も同様に考えるべきといった意見がSNS上で見られる。しかし、これは天皇は国政に関する権能を有しないことによるものと考えられ、会議の会員の任命と同列に考えることは無理があるだろう。

 以上のとおり、私は、法的には会議の推薦した全ての者をそのまま任命しなければいけないということにはならないのだと思っている。会議の推薦した者をそのまま任命しなければいけないと主張する者は、過去の推薦された者をそのまま任用していくという国会答弁を理由にしているが、これは法律の解釈の問題というよりも、運用としてそのように取り扱っていくということなのではないかと思う。

 ただし、会議の推薦を尊重する必要はあるので、政府は任命を拒否した理由を説明するのは当然であり、それが足りないのは事実だろう。

*1:日本学術会議は、規則で定めるところにより、優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し、内閣府令で定めるところにより、内閣総理大臣に推薦するものとする。」という規定である。