自治立法立案の技法私論~自治体法制執務雑感Ver.2

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「チバニアン」研究目的のための立入りについて定める条例

 2020年1月17日、IUGS(国際地質科学連合)の理事会において、千葉セクション(市原市田淵の地磁気逆転地層)が前期ー中期更新世地質年代境界のGSSP(国際境界模式地)に決定され、約77万4千年前~約12万9千年前(新生代第四紀更新世中期)の地質年代の名称が「チバニアン」と呼ばれることになったが、市川市では、この「チバニアン」の研究のための立ち入りを正当な理由なく妨げてはならないとする条例が制定されている。

 条例の名称は、「市原市養老川流域田淵の地磁気逆転地層の試料採取のための立入り等に関する条例」であり、2019年9月24日に公布されているが、その条文は次のとおりである。

(目的)

第1条 この条例は、養老川流域田淵の地磁気逆転地層(以下この条において「田淵の地磁気逆転地層」という。)が、地質年代区分のうち第四紀前期更新世と中期更新世との境界及びその付近に形成された地層が地表に良好に露出しているために一連の地層を容易に観察でき、火山灰層によって視覚的に確認可能でかつ地磁気逆転の年代が確認されているという、世界的にも稀有な場所であり、地磁気の逆転の遷移過程や地磁気逆転が生じた時期の特定を目的とする調査をはじめとして、古くから数多くの調査研究がなされてきた、学術的に極めて価値の高い場所であることに鑑み、田淵の地磁気逆転地層において試料採取を行うための地域内への立入りを認めることにより、調査研究を促進し、もって市民の文化的向上に資するとともに、世界的な学術研究の進展に貢献することを目的とする。

(定義)

第2条 この条例において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。

(1) 特定地域 養老川流域田淵の次の地域をいう。

(略)

(2) 試料採取 調査研究のため、特定地域内の地層から岩石その他の地層構成物を採取する行為をいう。

(3) 調査者 試料採取を行う者をいう。

(4) 所有者等 特定地域内の土地(国又は地方公共団体の所有する土地を除く。)の所有者及び権原に基づく占有者をいう。

(市の責務)

第3条 市は、特定地域の地層の希少性に鑑み、その適切な保存、調査研究の促進及びその活用のために必要な施策を行うものとする。

(市民の責務)

第4条 市民は、特定地域の地層の希少性に鑑み、その適切な保存、調査研究の促進に協力するよう努めなければならない。

(立入りの届出)

第5条 調査者は、試料採取のために特定地域内へ立ち入る場合、事前に次に掲げる事項を記載した届出書を市長に提出しなければならない。

(1) 氏名及び住所

(2) 試料採取を行う場所及び特定地域内の経路

(3) 立入りの日時

(4) その他市長が必要と認める事項

(所有者等への通知)

第6条 市長は、前条の規定による届出を受け、これを適当と認める場合、試料採取のために立ち入る土地の所有者等及び調査者に対し、次に掲げる事項を通知する。ただし、所有者等への通知が困難な場合には、適当な方法で公示するものとする。

(1) 立入りを行う調査者の氏名

(2) 立入りの日時

(3) その他市長が必要と認める事項

(所有者等の責務)

第7条 所有者等は、正当な理由なく、前条の規定による通知又は公示により示された立入りを拒み又は妨げてはならない。

(調査者の責務)

第8条 調査者は、特定地域の環境及び地層の保存に配慮して特定地域へ立ち入らなければならない。

(補償)

第9条 市は、第6条の規定による通知又は公示により示された立入りに起因して、所有者等が特別の犠牲を被った場合には、その損失を補償するものとする。

(罰則)

第10条 威力を用いて、第6条の規定による通知又は公示により示された立入りを妨害した者は、5万円以下の過料に処する。

 報道によると、この条例は、反対者が2019年7月、当該地層の隣接地に賃借権を設定し、立ち入りを拒めるようにしたため、地質の年代名の基準地条件である調査研究の自由な立ち入りが保証できなくなったことなどに対する措置として制定されたものである。

 この条例は、所有権等の規制を行っているが、一定の行政目的を達成するために行う所有権等の規制について、①管理権を所有者等が有する状態で行うもの*1と、②行政が管理する状態にして行うもの*2があり、この条例は、そもそも特定の者を念頭に置いて制定されたこともあってか、①の形態を採っている。

 この条例に対し、法制執務的見地からの批判が散見されるが、それは①の形態を採っていながら、②の場合に用いられる手法が混在しているからではないかと思う。

 例えば、第5条は立入りの際に市へ届け出ることとしているが、②の場合には、許可等のスキームとするだろうから、届出としたことは①の手法としてそれなりに理解できる。しかし、条例第1条に「地域内への立入りを認めることにより」という表現があり、立入りを市が許可等するということであれば適切な表記だが、この条例のスキームからすると不適切な表現ということになり、混乱が見られる。

 また、第9条の補償は、②の場合であれば市が行うのも納得できるが、①の場合には本来当事者同士で解決すべき事項ということになるだろう。

 条例として全体的に見た場合、地層のある土地を市が購入するなどして*3、その利用権を有する者等による抵抗がなされる余地がないのであれば、②の形態による条例とした方がすっきりする内容である*4

 なお、第10条の罰則規定は、①又は②のいずれの場合でも、規定しないのが通常である*5。しかし、この条例は、その制定の経緯からあえて規定したのだろう。

*1:文化財保護法が例として挙げられる。

*2:自然公園法が例として挙げられる。

*3:報道によると、元々地層のある土地は市が買い取る予定だったとのことである。

*4:ただし、その場合には条例は必要ないのかもしれない。

*5:刑法等で対処すれば足りるということだろうか。