自治立法立案の技法私論~自治体法制執務雑感Ver.2

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自衛官募集の協力義務

 今回は、現在記載しているシリーズを中断して、自衛隊自衛官募集のためダイレクトメールを送る目的で市町村に住民基本台帳に基づく氏名等のデータの提供を求めていることに関し、6割以上の市町村から協力を得られていないという安倍首相の国会における答弁が報道されている問題について取り上げる。

 この問題は、個人情報の保護という観点から住民基本台帳法や自治体の個人保護条例に関わる問題もあるのだが、ここでは、自治体が自衛隊の協力要請に従う必要があるとする根拠規定についてのみ触れることにする。

 この根拠規定として挙げられているのが、自衛隊法第97条第1項及び自衛隊法施行令第120条である*1。同法第97条及び同令第120条の規定は、次のとおりである。

   自衛隊

都道府県等が処理する事務)

第97条 都道府県知事及び市町村長は、政令で定めるところにより、自衛官及び自衛官候補生の募集に関する事務の一部を行う。

2 防衛大臣は、警察庁及び都道府県警察に対し、自衛官及び自衛官候補生の募集に関する事務の一部について協力を求めることができる。

3 第1項の規定により都道府県知事及び市町村長の行う事務並びに前項の規定により都道府県警察の行う協力に要する経費は、国庫の負担とする。

   自衛隊法施行令

(報告又は資料の提出)

第120条 防衛大臣は、自衛官又は自衛官候補生の募集に関し必要があると認めるときは、都道府県知事又は市町村長に対し、必要な報告又は資料の提出を求めることができる。

 自衛隊法第97条第1項は、「政令で定めるところにより」としているので、自治体が自衛官の募集に関しどのような事務を行わなければいけないのかについては政令に委任していることになる。その委任を受けた規定が自衛隊法施行令第120条ということになるのだが、その他、当該規定として同令第114条から第119条までの規定がある。同令第114条から第119条までの規定は、文字通り自衛官等の募集に関し自治体が実施する事務を規定しているが、同令第120条はやや異質である。この規定は、文字通り読めば、自治体が実施する事務を規定しているのではなく、自衛隊自治体に協力要請できることとする規定である。国の見解は、それも自衛官の募集に関する事務の一部であるということなのだろうが、ダイレクトメールを送ること自体は、その募集そのものに関する事務ではないので、厳密に言えば、自衛隊法に自衛隊法施行令第120条に相当する規定を併せて置くべきことになる。

 報道によると、防衛省による市町村への名簿の提出要請は、2018年度から行うようになったとのことである。これに市町村が協力する義務があるとするのであれば、自衛隊法第97条第3項があることから、その経費をどのようにしているのか気になるところである。

 いずれにしろ、総理大臣が国会の場で取り上げるには、あまりにも些末な事項である。実際に政治的意図で協力していない市町村もあるのかもしれないが、それはレアケースであり、それをさも一般的な事例として語っていること自体が問題なのではないだろうか。

 

*1:福島みずほ参議院議員による質問主意書に対する答弁書平成26年11月25日付け答弁書第80号)においても「自衛隊法第97条第1項及び自衛隊法施行令第120条の規定は、自衛官及び自衛官候補生の募集に関し必要となる個人の氏名、生年月日等の情報に関する資料について、防衛大臣が市町村の長に対し提出を求めることができる法令上の根拠であると解される。」とされている。