自治立法立案の技法私論~自治体法制執務雑感Ver.2

例規審査事務経験のある地方公務員のブログ。https://twitter.com/hotiak1

条例制定権の範囲と限界~国及び他の自治体の事務との関係(4)

   (イ) 賃貸住宅紛争防止条例

 東京都には「東京における住宅の賃貸借に係る紛争の防止に関する条例」*1という条例がある。例えば、ネットにおける「2020.12.19「幻冬舎GOLD ONLINE」記事「東京ルール」に泣かされる…賃貸部屋の劣化、誰が支払う?」を一見すると住宅の賃貸借において独自ルールを定めているように見えるが、条例上は、次のとおり宅地建物取引業者に説明義務を課しているだけである。   

   東京における住宅の賃貸借に係る紛争の防止に関する条例

 (宅地建物取引業者の説明等の義務)

第2条 宅地建物取引業者は、住宅の賃貸借の代理又は媒介をする場合は、当該住宅を借りようとする者に対して法第35条第1項(同条第6項の規定により読み替えて適用する場合を含む。)の規定により行う同項各号に掲げる事項を記載した書面の交付又は当該事項の説明に併せて、次に掲げる事項について、これらの事項を記載した書面を交付して説明しなければならない。ただし、当該住宅を借りようとする者が宅地建物取引業者である場合は、当該書面についての説明を要しないものとする。

 (1) 退去時における住宅の損耗等の復旧並びに住宅の使用及び収益に必要な修繕に関し東京都規則(以下「規則」という。)で定める事項

 (2) 前号に掲げるもののほか、住宅の賃貸借に係る紛争の防止を図るため、あらかじめ明らかにすべきこととして規則で定める事項

 

   東京における住宅の賃貸借に係る紛争の防止に関する条例施行規則

 (宅地建物取引業者の説明事項等)

第2条 条例第2条第1号の規則で定める事項は、次に掲げる事項とする。

 (1) 退去時における住宅の損耗等の復旧については、当事者間の特約がある場合又は賃借人の責めに帰すべき事由により復旧の必要が生じた場合を除き、賃貸人が行うとされていること。

 (2) 住宅の使用及び収益に必要な修繕については、当事者間の特約がある場合又は賃借人の責めに帰すべき事由により修繕の必要が生じた場合を除き、賃貸人が行うとされていること。

 (3) 当該住宅の賃貸借契約において賃借人の負担となる事項

2 条例第2条第2号の規則で定める事項は、賃借人の入居期間中の設備等の修繕及び維持管理等に関する連絡先となる者の氏名(法人にあっては、その商号又は名称)及び住所(法人にあっては、その主たる事務所の所在地)とする。

3 (略)

  ウ まとめ

 以上のとおり、私法上の取引関係に問題があり、条例で何らかの規制を行おうとするのであれば、条例ではその効力を否定するという内容は規定できないので、当事者の一方、すなわち不適正な行為を行う者を規制する内容を規定することになる。

*1:一般的には「賃貸住宅紛争防止条例」と言われているようである。

附則に規定すべき事項……その他諸々

〇〇町の再生エネ条例に不備 一部の事業者に指導や勧告できず

 〇〇町の再生エネルギー促進条例が2018年12月の改正時から、一部の発電事業者に対して処分を伴う指導や勧告ができない状態になっていたことが25日、分かった。新たな規定を加えた際に、付則の修正をしていなかったため、条例制定前に発電設備を整備した事業者が対象から外れていた。町は不備を認め、6月定例町議会に条例の一部改正案を提出する方針。

2021年5月26日 愛媛新聞

 この条例は、次の条例であると思われる。 

〇〇町豊かな自然と調和のとれた再生可能エネルギー電気の発電の促進に関する条例

(目的)

第1条 (略)

(基本理念)

第2条 (略)

(定義)

第3条 この条例において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。

 (1) 発電設備 電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法(平成23年法律第108号)第2条第3項に規定する設備(設備を設置する土地を含む。)をいう。

 (2) 発電事業 発電設備を利用し、発電を行う事業をいう。

 (3) (略)

 (4) 事業者 発電事業を実施するものをいう。

 (5)~(7) (略)

(町の責務)

第4条 町長は、この条例の適正かつ円滑な運用が図られるよう必要な措置を講じなければならない。

2 町長は、地域の活性化を図り、エネルギーの供給源の多様化に資するため必要があると認める場合は、発電事業の推進に協力するものとする。

(事業者の責務)

第5条 事業者は、関係法令を遵守するほか、事業区域、周辺地域の自然、景観及び生活環境に十分に配慮するとともに、事故、公害及び災害(以下「事故等」という。)を防止し、地域の関係者の相互の密接な連携の下行わなければならない。

2 事業者は、発電事業の実施に伴い事故等が発生した場合又は地元地区若しくは関係者と紛争が生じた場合は、自己の責任において誠意をもってこれを解決し、再発防止のための措置を講じなければならない。

3 事業者は、発電事業に必要な公共施設及び公共的施設を自らの負担と責任において整備するよう努めなければならない。

4 事業者は、発電事業を終了する場合は、事業終了後直ちに発電設備を撤去しなければならない。ただし、撤去の必要がないと町長が認める場合は、この限りでない。

(協力要請区域)

第6条 町長は、必要があると認める場合は、次に掲げる区域(以下「協力要請区域」という。)において発電事業を行わないよう協力を求めることができるものとする。ただし、建築物等の屋根又は屋上に設置するものを除く。

 (1) 貴重な自然状態を保ち、学術上重要な自然環境を有している区域

 (2) 地域を象徴する優れた景観として、良好な状態が保たれている区域

 (3) 歴史的又は文化的な特色を有している区域

 (4) 農林漁業の健全な発展に必要な農林地並びに漁港及びその周辺の水域

 (5) 〇〇町景観条例……第8条第1項に規定する景観計画区域

 (6) 前各号に定めるもののほか、町長が必要と認める区域

(適用を受ける発電事業)

第7条 この条例の適用を受ける発電事業は、次の各号のいずれかに該当するものとする。ただし、他の法令等の対象となる発電事業等でこの条例の適用が不要であると町長が認めるものは除くものとする。

(1) 事業区域の土地の合計面積が500平方メートル以上である発電事業(既に完成若しくは施工中のものと一体的に行う場合、既に隣地に他の発電施設が設置されている場合又は排水施設等の関連施設を他の発電事業と共有する場合においては、合計面積が500平方メートル以上となるものを含む。)

(2) 前号の規定にかかわらず、協力要請区域で行う発電事業

(町への協議等)

第8条 事業者は、発電事業を行おうとする場合は町長と協議しなければならない。

2 事業者は、発電事業の工事の着手前に町長に届け出て、許可を得なければならない。

3 事業者は、前項の許可を得た後でなければ発電事業の工事に着手してはならない。

(地元地区への説明)

第9条 事業者は、地元地区に対して発電事業の内容等に係る説明会を開催し、地元地区の代表者である区長の同意を得なければならない。この場合において、地元地区から要望があるときは、関係者に対して同様の説明会を開催し、関係者の同意を得るものとする。

2 事業者は、前項の規定により説明会を開催するときは、事前に町長と協議しなければならない。

(審査)

第10条 町長は、第8条第2項の規定による届出があった場合は、審査を実施し、必要に応じて愛南町環境審議会の意見を聴かなければならない。

(審査結果の通知)

第11条 町長は、前条の審査の結果、発電事業の可否を決定し、事業者に通知するものとする。

2 町長は、必要に応じて前項の規定による通知に意見を付すものとする。

(着手等の届出)

第12条 事業者は、発電事業の工事の着手、完了、中止又は再開をした場合は、速やかに町長に届け出るとともに、区長へ知らせなければならない。

(完了の確認)

第13条 町長は、前条の規定による完了の届出があったときは、確認を行うものとする。

(指導、助言又は勧告)

第14条 町長は、次の各号のいずれかに該当するときは、事業者に対して、指導、助言又は勧告を行うものとする。

 (1) 正当な理由なく第5条の規定を遵守しないとき。

 (2) 正当な理由なく第8条の規定による協議等を行わず、又は虚偽の届出をしたとき。

 (3) 第11条の規定による通知を受ける前に発電事業の工事に着手したとき。

 (4) 前3号に定めるもののほか、町長が必要と認めるとき。

2 事業者は、前項の指導、助言又は勧告について、その処理の状況を町長に報告しなければならない。

(公表)

第15条 町長は、事業者が正当な理由なく前条第1項の指導、助言又は勧告に応じないときは、その事実を公表するものとする。

(届出事項等の変更)

第16条 第8条から第12条までの規定は、町長に届け出た事項を変更する場合について準用する。

(委任)

第17条 (略)

   附 則

(施行期日)

1 この条例は、公布の日から施行する。

(第5条、第11条並びに第15条第1項第2号及び同条第2項の適用)

2 第5条、第11条並びに第15条第1項第2号及び同条第2項の規定については、次に定める場合を除き、全ての発電事業に適用する。

 (1) 他の法令等に基づく手続を行っている場合

 (2) 条例の規定の適用の必要がないと町長が認める場合

 上記の記事の趣旨は、附則第2項に指導、勧告等の規定である第14条が規定されていないため、条例の施行前に発電設備を整備した事業者については、第14条を根拠とした指導、勧告等ができないため、第15条の公表ができないことになり、それが条例の不備と言っているのだと思われる。

 しかし、この条例における「事業者」は、「発電事業を実施するものをいう」とされているため(第3条第4号)、附則第2項がなければ何の問題もなく全ての事業者が対象になってくる*1

 この条例で適用関係が問題になるのは、条例施行の際既に発電事業に係る工事に着手している事業者が事前協議(第8条)等の対象となるかどうかであり、通常は、事業者に不利益となる事項の遡及適用を避けるため、附則に事前協議等の対象を条例施行日以後に着手する工事に係る発電事業とする旨の規定を置くことになる。そして、既存事業者については、一定期間内に届出をさせる旨の規定を併せて置くのが*2、このような条例における附則の規定のスタンダードな例だろう。

 上記記事に関連した事項は以上であるが、この条例は、それ以外にも不適当な事項が散見される。この条例は、発電事業を行う事業者に町長への協議という事前手続等を課し、行政指導を通じて意図する効果を上げようと考えて制定したように思われる。この種の条例は、行う手続をきちんと規定することが肝心であるところ、その手続の規定が甘いため、結果として問題が多い条例となってしまっている。

 上記以外に気になる事項を次に記載しておく。

 〇 第5条

 責務規定は、通常は総論の規定として抽象的に義務付けを行う場合に置かれるものであり、具体的に義務付けを行うのであれば、実体的な規制を規定する箇所において規定すべきである。この条例では、勧告等の対象に第5条違反の場合を規定しているが(第14条第1項第1号)、そうするのであれば、遵守事項として第14条の前辺りに規定すべきである。その場合に、第3項のような規定は不適切だろう。

〇 第6条

 協力要請区域内で行う発電事業は、条例の適用対象事業となるため(第7条第2号)、第1号から第4号までの区域は、規則等で具体的に定めることとすべきである。

〇 第7条

 第3条第2号に発電事業の定義があるが、この条例が適用される発電事業は第7条に定めるものであるのなら、第7条を置くのではなく、第2条の定義規定で書き切れば十分である。仮に、第5条を事業者に対する抽象的な義務付けとして全ての発電事業を行う場合に適用があることとし、協議等の対象となる発電事業は限定するというのであれば、定義とは別に第7条を規定する意味もある。

〇 第8条

 第2項と第3項の許可の意図が不明

〇 第9条

 住民等の同意の義務付けは、一般的には適当でないとされているが、区長等の同意がなかった場合にどうなるのか条例に規定はないので、あえてそのようにしているのであれば、これも有りなのだろう。なお、第2項の規定は、説明会開催前に届出をさせる位であれば分かるのだが、協議までさせる意図はよく分からず、過重な手続になっていると思う。

〇 第11条

 事業者が第2項の意見に従わない場合にどうなるのか規定がないため、同項は、全く意味のない規定になっている。その場合には、行政指導の対象になるように規定すればよいのにと思う。

〇 第16条

 「町長に届け出た事項」が何を指しているのか不明

〇 附則第1項

 制定当初の条例の規定がどのようなものであったかによるが、基本理念の規定等を除き、公布日施行とするのはいかがかと感じる。 

*1:この条例では、規制対象とする者について全て「事業者」としており、そうした条例の規定は他でもよく見かけるが、本来であれば、事業を行う前であればまだ「事業者」ではないので、その時点に応じた適切な用語を選択していくべきである(例えば第8条第1項は、「発電事業を行おうとする者は、〇〇について町長と協議しなければならない。」といった規定にすべきである。)。

*2:もちろん既存業者を全て把握していれば、この届出の規定は不要になるが、そのようなケースはほとんどないのではないかと思われる。

条例制定権の範囲と限界~国及び他の自治体の事務との関係(3)

  イ 具体例

   (ア) 消費者保護条例

 具体的な例として、まず消費者保護条例を取り上げる。

 消費者保護条例に規定する内容については、猪野積『条例と規則(2)』(P91)において、次のように類型化されている。

① 事業者規制

 ・ 危害発生の防止(欠陥商品、不安商品など)

 ・ 内容表示の適正化

 ・ 規格の適正化

 ・ 価格表示

 ・ 単位価格表示

 ・ 包装の適正化

 ・ アフターサービスの適正化

 ・ 緊急物価対策その他

② 住民に対するサービス行政

 ・ 被害救済

 ・ 訴訟援助制度(訴訟費用貸付制度など)

③ 条例の運用への住民参加

 ・ 審議会、委員会等への参加

 ・ モニター制度

 ・ 申出の制度

 消費者保護という観点からすると、クーリング・オフ制度のように契約の効力を否定するような方法も考えられる。しかし、それは、民法が定める契約自由の原則*1に反することになるため、条例では規定できないということになるのだろう*2

 実際の条例の例として、東京都消費生活条例の目次を次に掲げる。 

目次

 前文

 第1章 総則(第1条―第8条)

 第2章 危害の防止(第9条―第14条)

 第3章 表示、包装及び計量の適正化(第15条―第20条)

 第4章 不適正な事業行為の是正等

  第1節 価格に関する不適正な事業行為の是正(第21条―第24条)

  第2節 不適正な取引行為の防止(第25条―第27条)

 第5章 消費者の被害の救済(第28条―第38条)

 第6章 情報の提供の推進(第39条・第40条)

 第7章 消費者教育の推進(第41条―第42条)

 第8章 消費生活に関する施策の総合的な推進(第43条・第44条)

 第9章 東京都消費生活対策審議会(第45条)

 第10章 調査、勧告、公表等(第46条―第51条)

 第11章 雑則(第52条・第53条)

 第12章 罰則(第54条・第55条)

 例えば第4章第2節の「不適正な取引行為の防止」について、不適正な取引行為の効力を否定するのではなく、当該行為を行った事業者に対する勧告、命令、罰則等を規定することにより実現しようとしている。 

*1:民法第521条が「何人も、法令に特別の定めがある場合を除き、契約をするかどうかを自由に決定することができる」(第1項)、「契約の当事者は、法令の制限内において、契約の内容を自由に決定することができる」(第2項)と規定している。

*2:阿部泰隆『行政の法システム(下)(新版)』(P725)は、「商品の品質保証の内容は契約の自由の問題で、条例では規制できないので、消費者保護条例では、品質保証の内容を規制するのではなく、保証する内容の表示を義務づけているだけである。……取引の私法上の効力を否定することは、条例のなしうるところではないからである」とする。なお、猪野積『条例と規則(2)』(P60)は、「取引の私法上の効力を否定するようなことは、個人の財産権を著しく制限するものであり、また、取引の安定性を損なうおそれがあるものである。したがって、このような手法の導入は、財産権の内容の制限にわたるものとして、法律により行われるべきものであろう」とするが、個人の財産権を制限することなどは、条例事項となり得ないということはないだろう。

条例制定権の範囲と限界~国及び他の自治体の事務との関係(2)

 (2) 「私法秩序の形成等に関する事項」と条例制定権

  ア 概説

 前回取り上げた条例制定権が及ばないとされた成田教授の類型化のうち、「①国全体にわたって画一的な制度によることが好ましいと思われるもの」と「④その他、対象たる事項が一地方の利害にとどまらず全国民の利害に関係のあるもの又は規制の影響の及ぶ範囲が一地方を超えて全国にわたるもの」については、法律で規定されていればそれに反することはできず、法律で規定されていない事項であれば、徳島市公安条例事件判決(最大判昭和50年9月10日)の判旨により判断することになるのだろうが、基本的には立法事実があれば条例制定が可能と考えてよいだろう。

 「③刑事犯の創設等に関する事項」については、一応条例制定はできないと考えるべきであろうが、行政犯との区別は相対的であり、実際には法律に規定されていない事項であれば行政犯として条例で規定することはあり得るし、それが違法と解すべきではないだろう*1

 最も判断に迷うのが「②私法秩序の形成等に関する事項」ではないだろうか。これについては、それを条例で規定すると民法等の規定に反することになるため条例事項ではないということになるだろうが、条例を定めることができない限界がどこまでなのかはっきりしないところがある。

 そこで、次回以降で具体的な事例を取り上げて検討することにする。

*1:したがって、条例を規定する場合には、刑法など自然犯的なもののように義務規定を置くことなく処罰規定を置くのではなく、必ず義務規定を置き、その違反行為に対して刑罰を科す旨の処罰規定を置くことになる。

条例制定権の範囲と限界~国及び他の自治体の事務との関係(1)

<「自治体法制執務雑感」関連記事>

  • 2008年2月29日付け記事「都道府県条例に市町村の責務を規定することについて」
  • 2014年10月25日付け記事「続・都道府県条例に市町村の責務を規定することについて」

 1 概説

 自治体の条例制定に関する基本的な事項として、地方自治法第14条第1項は、「普通地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて第2条第2項の事務に関し、条例を制定することができる」と規定している。同法第2条第2項は、自治体の事務の範囲を定めた規定であるため、同法第14条第1項は、自治体の条例は、①自治体の事務に関して定めることができること、②法令に違反してはならないこと、を定めていることになる。

 条例は自治体のそれである以上、当該自治体の事務に関してのみ制定することができ、国や他の自治体の事務に関して定めることができないことは当たり前ではあるのだが、実際には判断に悩むところがある。

2 国の事務

 (1) 地方分権前の地方自治法の規定等について

 第1次地方分権前の旧地方自治法第2条第10項は、「普通地方公共団体は、次に掲げるような国の事務を処理することができない」として、次の事務を列挙していた。

  1. 司法に関する事務
  2. 刑罰及び国の懲戒に関する事務
  3. 国の運輸、通信に関する事務
  4. 郵便に関する事務
  5. 国立の教育及び研究施設に関する事務
  6. 国立の病院及び療養施設に関する事務
  7. 国の航行、気象及び水路施設に関する事務
  8. 国立の博物館及び図書館に関する事務

 上記の事務は、旧地方自治法第2条第10項が「……次に掲げるような……」としているようにあくまでも例示ということになるのであるが、条例を制定できない国の事務については、成田頼明教授による次の類型化が引用されることが多い。

  1. 国全体にわたって画一的な制度によることが好ましいと思われるもの
  2. 私法秩序の形成等に関する事項
  3. 刑事犯の創設等に関する事項
  4. その他、対象たる事項が一地方の利害にとどまらず全国民の利害に関係のあるもの又は規制の影響の及ぶ範囲が一地方を超えて全国にわたるもの

 しかし、現行の地方自治法第1条の2第2項の規定は国の役割について規定するが、同項の規定はあくまでも国が重点的に担う事項を定めたものであり*1、実際には国との間で重畳的に行っている事務もある。

 そうすると、自治体の事務は広く考えることができ*2、例え対象たる事項が全国民の利害に関係のあるもの であっても、その地域における住民の利害に関係があれば条例事項となり得ると考えてよいだろう*3

 つまり、上記の成田教授の類型化した事項は、法律事項となっていることが多い事項であることが多いと考えればよく*4、条例制定に当たって国の事務かどうかの判断は、法令に違反するかどうかの判断とほぼ同様と考えればいいことになる。

*1:地方自治法第1条の2第2項は「国は、前項の規定の趣旨を達成するため、国においては国際社会における国家としての存立にかかわる事務、全国的に統一して定めることが望ましい国民の諸活動若しくは地方自治に関する基本的な準則に関する事務又は全国的な規模で若しくは全国的な視点に立つて行わなければならない施策及び事業の実施その他の国が本来果たすべき役割を重点的に担い、住民に身近な行政はできる限り地方公共団体にゆだねることを基本として、地方公共団体との間で適切に役割を分担するとともに、地方公共団体に関する制度の策定及び施策の実施に当たつて、地方公共団体の自主性及び自立性が十分に発揮されるようにしなければならない。」という規定である。

*2:永邦男ほか『自治立法』(P64)は「現に地方公共団体でそれを処理しなければならない必要性がある事務であれば、それが憲法や法令の規定に違反しない限り、広く「地域における事務」であると推定されると考えることとなるのではないかと思われる」としている。

*3:例えば青少年保護に関する事項や暴力団対策に関する事項は、全国民の利害に関係のあるものであるが、実際には都道府県の条例で規制されている部分がある。

*4:門山泰明『条例と規則』(P42)は「国の法令が規制することが多い、あるいは、国の法令で規制するのが通例である事項を類型化したものと捉えれば、参考になるであろう」とする。

自治体の組織は何でもありか

 ある条例を制定するために学識者会議が置かれ、その提言において施策推進のため「〇〇センター」と称する第三者機関を置き、そこに委員、調査員等を置くことを求める内容があったことがある。

 このセンターなる組織の性格は必ずしもはっきりしなかったのだが、行政委員会のような組織になってしまうような印象を受けた。そうすると、このような組織を条例で定めた場合は違法ということになる。

 解決方法とすると、次の2つの方法が思い浮かぶ。

  1. 上記の組織が担う業務は民間に委ねることとし、その民間の機関は指定機関とするなどの形で行政が関与する。
  2. 上記の組織は附属機関とし、その組織が担うこととしていた一定の業務は自治体において直接執行する。

 学識者会議の意向にできるだけ沿うことを考えれば1ということになるが、結局は2の方法を採ることになった*1

 学識者会議の提言に最大限配慮したつもりだが、その委員からは結構批判された*2。委員には、法律関係の学者と弁護士は入っていたのだが、行政法の専門家と思われる方はいなかった。この手の会議に行政法(特に地方自治法)に通じた方は必須だと思う。

*1:民間に業務を担う適当な機関がなかったということもあったように思う。

*2:法律の専門家ではないが、地方分権なのだから、提言どおりのことができないはずはないといった批判をする方もいた。

法文のミスと罰則

公選法の罰則、2年消えたまま 参院法制局「単純ミス」

 公職選挙法の条項の一部で、本来あるはずの罰則が記載されていないことがわかった。2018年に法律が改正されて新たな条項が追加され、条項の順番が一つずれたが、罰則の方は修正されなかったため、既存の条項と罰則が対応しない状態になった。改正案を作った参議院法制局は取材に対し、ミスを認めている。

 今国会では政府が提出した法案の約4割でミスが見つかっている。専門家は「法律が軽く扱われ、じっくり検討されていないのではないか」と指摘する。

 罰則がなくなったのは公選法の「142条の4第7項」。候補者や政党が選挙に際して投票依頼などの電子メールを送る際に、送信者名や、受信拒否を希望する場合の連絡先などを表示するよう義務づける規定だ。

 総務省によると、この規定は13年の公選法改正で新設された。当初この条文は「第6項」だったが、18年にさらに改正され、新たな条項が挿入された影響で、条文内容はそのままで「第7項」に繰り下がった。

 この規定に違反した場合の罰則(244条第1項2の2)は、「142条の4第6項の規定に違反して同項に規定する事項を表示しなかった者」を、「1年以下の禁錮または30万円以下の罰金」と定めていた。

 18年の法改正時に、罰則中の表記「第6項」を「第7項」に修正する必要があった。だが修正はなされず、表示義務規定違反の罰則が消えた状態となった。

 (中略)

 この条項のずれを生んだ18年の法改正は、参院議員らの議員提案によるものだった。議員側から依頼を受け、18年の改正案をまとめた参院法制局第3部第1課の斎藤陽夫(あきお)課長は取材に、「何重にもチェックしたはずだが、単純なミスで罰則の修正ができていなかった」と説明した。

 修正ミスは、施行直後の18年12月に、総務省からの連絡で把握したという。修正するには国会に法改正案を提出し、議決される必要があるが、「誤りを直すためだけの法改正は想定しておらず、ほかの改正にあわせて修正の提案をしたい」と話す。ミスは発覚してから2年以上放置されていることになる。

 総務省選挙課の担当者は「技術的なミスだが、公選法全体の趣旨からいえば直ちに(表示義務違反への)罰則の効力自体が失われたとまでは考えにくい。ただ、再改正は必要になるだろう」とする。

 元衆議院法制局法制主幹の浅野善治・大東文化大教授(憲法学)は、「法制局は法案をまとめる際に何段階もの審査を重ね、厳格にチェックしているはず。通常あってはならないミスで、ミスが明確なら即座に正すべきだ」と指摘する。「今国会でも、考えられない法案ミスが起きている。法律は一字一句違うだけで影響が広範囲に及ぶ。法律を厳粛に扱う意識が官僚や法制局の職員の間で薄れているのではないか」と話す。

朝日新聞デジタル 2021年4月17日配信

 上記の改正は、平成30年法律第75号によるものであるが、同様の事例として、50年以上前の事例だが、伊藤栄樹ほか『罰則のはなし(2版)』(P23〜)に、同氏の法務省刑事局刑事課長当時の事例が紹介されている(旧ブログ2016年5月28日付け記事「条項ずれした条の引用と罰則」参照)。

 それは、当時の「へい獣処理場等に関する法律」に関わる事例であり、同法第9条第1項は知事が指定する区域で豚等を飼養しようとする者は知事の許可を受けなければならないとし、同法第10条第3号で「前条第1項に違反した者」に対しては1年以下の懲役又は3万円以下の罰金を課することとしていたが、昭和37年の同法の改正時に第9条と第10条の間に第9条の2が追加された際、第10条の改正が失念されていたという事例である。同氏は、地方検察庁からの照会に、「法律の沿革をたどってみれば、第10条第3号の規定は、第9条第1項の規定に違反した者を処罰しようとした規定であることがわかってはくるものの、刑罰を課することについては、わが憲法上の大原則として、罪刑法定主義というのがある。法律の明文なしに人を処罰することはできないし、また、罰則を勝手に類推解釈したり、拡張解釈することはできない」という理由から、「前条第1項の規定に違反した者」と規定している第10条第3号の規定は、第9条第1項の許可を受けないで豚を飼養した者を処罰するのに有効と解釈することに疑問があるので、不起訴処分とするほかないと回答したとのことである。

 これによると、総務省担当者の「公選法全体の趣旨からいえば直ちに罰則の効力自体が失われたとまでは考えにくい」という見解の意図はよく分からないものになる。法文の表記とそれによる実質的な法規範の内容との間に形式的な齟齬が生じていることが客観的に明らかであれば、「もちろん解釈」により法文の効力自体には影響はないといった見解のことを言っているのかもしれないが、本件は、法文の効力云々の問題というよりも、罰則規定を適用して起訴できるかどうかという問題であり、検察庁は起訴しないだろうから、結局罰則規定は意味がないものになっている(「空振りになっている」といった表現でもよいのかもしれないが)ということなのだろう*1

 ところで、元衆議院法制局法制主幹の見解もあまり納得ができない。「ミスが明確なら即座に正すべきだ」という主張はもっともらしく聞こえるが、ミスを修正するためだけに法案を提出している例はあまりないだろうから*2、ミスが明確な場合にはどうような対応をするのかというその方法をルール化することが大切だろう。

 また、「法律を厳粛に扱う意識が官僚や法制局の職員の間で薄れている」という指摘については、これまでもミスはあるのであり、むしろ職員への負担も含め立法を取り巻く環境等は以前よりミスを起こしやすい状況になっているだろうから、精神論よりもミスが起きないようなシステムを考えていくことが重要だろう。例えば、立法技術的な一例として、道路交通法における付記を一般的に導入すれば、付記がある規定を改正するときには、必ず罰則を確認するだろうから、少なくとも本件のようなミスを防ぐ手法にはなるのではないだろうか。

*1:本件の場合、総務省の担当者にコメントを求めるよりも、法務省の担当者にコメントを求める方が適当だったと思う。

*2:上記の「へい獣処理場等に関する法律」に関する事例では、昭和42年に他の改正法の附則で改正したとのことであるから、約5年程度放置していたことになる。